そんなやり取りを、またしても警報音が分断した。
矢印が示す線路の先に久賀は目を凝らす。

今度は貨物列車だった。
何両あるのか数えていられないほど長い。
赤茶色、赤茶色、黄緑、赤茶色、水色、赤茶色、赤茶色……視界の端から端まで延々とコンテナが続く。
これは永遠に終わらないのではないかと思った頃、ようやく最後のコンテナが通り過ぎて行った。

「何ですか?」

最後のコンテナを見送った久賀は、自身を見つめる美澄に尋ねた。

「いえ、私は踏切で止められる時間が、世の中で一番無駄って思ってたんですけど、」

久賀はさも心外だという顔をした。

「でも先生を見ていたら、『電車見られてめちゃくちゃラッキー!』って考え方もあるんだなぁって。なんか世界がちょっとだけ広がった感じです」

久賀はもぞもぞと、居心地悪そうに視線をさ迷わせた。

「あ、写真撮らなくてよかったんですか?」

ただ眺めるばかりの久賀に言ったが、首を横に振る。

「僕は写真や動画を撮ったりはしません。こうして見ているのが好きなんです。電車が通ったときの風とか、停車している車の排気ガスとか」

「だったら東京に帰りたいんじゃないですか? ここよりずっとたくさん電車を見られるから」

倶楽部はこの地域で最も主要な駅のすぐそばだが、それでも一時間に数本、せいぜい二両か三両の列車と新幹線が通る程度。
東京なら見たいと思わなくても引っ切りなしに見られるだろう。

「東京の鉄道も芸術的で素晴らしいと思います。でも、一両や二両の列車が走る姿も、その地域に根差した鉄道の在り方が感じられて、僕はとても好きです」

夏の匂いを含む風が久賀の前髪をふわりと揺らす。

「ここからふたつ先の駅は無人駅で、周りが全部田んぼなんですけど、そこを電車が通って、その風が稲穂にも届く景色は見事です」

「それは物珍しいからじゃないですか?」

美澄の声は季節を巻き戻したように冷淡だった。

「都会の人はよく言うでしょ。『のどかでいい』って。でも、それが毎日だとすぐ飽きるんですよ。変化がないから。それで結局都会に帰っちゃうんです」

海を見ながら仕事がしたい、と移住した人も、その眺めにすぐ飽きるらしい。
それどころか、車やペン先が錆びる、洗濯物に潮がつく、波の音がうるさい、と戻る人もいるそうだ。

久賀は無理に反論せず、そうかもしれませんね、とうなずいた。