アルバイトを終え、バスターミナルに向かう途中、美澄は閉店した文具屋の前に佇む久賀を見かけた。

「あ、やっぱり先生だ」

美澄の声にふり返った久賀は、表情こそ変わらなかったが、いやなやつに会ってしまった、という心の声はしっかり聞こえた。

「何してるんですか?」

ここに至っては逃れられないと観念したようで、久賀は重い口を開いた。

「踏切を見ています」

「踏切なんて見て、何の意味が━━」

と問う美澄の声を警報音が遮った。
ゆっくり遮断機が降りるのを、久賀はじっと見ている。
うるさくて会話などままならないので、美澄も口を閉じて踏切を見つめた。
やがて、駅の方から電車がやってくる。
大きな音と風を撒き散らしながら、それでもほんの二両なので一瞬で過ぎ去っていく。

「…………好きですることに、意味が必要ですか?」

遮断機が上がってから久賀はようやく口を開いた。

「え?」

「踏切を見る意味です」

美澄は何度もうなずいて、どうにか自分を納得させた。

「すみません。そうですよね。ばかなこと聞きました」

止められていた往来が再開したので、踏切付近はやや混み合っている。
ふたりは邪魔にならないよう、文具屋のシャッター前に下がって道を譲った。

「先生は将棋以外だと電車がお好きなんですね」

「電車というか鉄道が」

「それ、違うんですか?」

「電車は車両。鉄道は車両を含む交通機関全般のことです」

ふぅん、と美澄は聞き流したのに、久賀は構わずに続けた。

「鉄道は、当たり前ですが自然発生したものはひとつもないですよね。すべて誰かの意志と労力で街と街を繋いでいるんです」

「意志……利権とか?」

「まあ、そういうのもあります」

日暮れはずいぶん遅くなったものの、太陽は力尽きるように地平に沈んだ。
ここに着いた時より久賀の表情がわかりにくくなっている。

「古関さんはどうしてここに?」

「私、『フラジエ』っていう雑貨屋でバイトしてるんです。この先にあるショッピングビルの二階」

久賀は車の往来が続く通りを見遣る。

「古関さんはバス利用ですよね?」

「はい」

「ここ、通り道ですか?」

通ってほしくない、という圧力も込められていたが、美澄はあっけらかんと答えた。

「100円ショップに寄る時は通ります。今日は、もしかしたら先生いるかなーって」