美澄がソファーでひとり対局をふり返っていると、

「はぁ~負けた、負けた。三連敗」

と、仁木がドスッと向かいに座る。
やや疲労はあるものの悲壮感はない。

「お疲れさまです。お茶飲みます?」

「おお、ありがとう」

安い緑茶一択ではあるが、それは自由に飲んでいいので、美澄は急須にティーバッグと湯を注いで、仁木と自分のお茶を淹れる。

「負けるとドッと疲れますよね」

「古関さんの年齢だとそうかもね」

「年齢関係あるんですか?」

「俺ぐらいになると年中具合悪いから、負けた疲労なのかただの疲労なのか区別つかないよ」

そういうものですか、と美澄は一応納得したそぶりをする。

「悔しがるのもエネルギーだからね。子どもなんて激しいでしょ?」

「そうですね」

小学生が泣いているのは、ここでは日常茶飯事である。
圭吾だって、声を張り上げることこそないけれど、目を潤ませる姿は何度も見た。

「久賀先生も小さいときはよく泣いてたよ」

「え! 仁木さん、先生の小さい頃知ってるんですか?」

カウンターの中にいる久賀は、生まれた時から今の姿でした、という顔をしている。

「久賀先生はここで平川先生から将棋を教わったんだよ」

「へえ~。先生って東京の出身だと思ってました」

久賀は父親の転勤で、小学校一年生と二年生の二年間、この倶楽部に通っていたらしい。
その後も転校をくり返しながら奨励会に通い、高校生の時に親元を離れた。
両親は今、海外に赴任しているとのことだった。

仁木は棋書が並んだ棚からスクラップブックを取り出してパラパラとめくる。
古いファイルで、美澄はそこにそんなものがあることさえ知らなかった。