美澄が倶楽部に入ると、仁木と磯島が行く手を阻んだ。

「古関さん!」

「あ、仁木さん、磯島さん、明けましておめでとうございます」

おめでとうございます、と仁木は使い込んだベレー帽を取り、磯島は安堵のため息をつく。

「古関さん、もう来てくれないかと思ったよ」

「え? なんでですか?」

「だって……」

磯島がふり返ると、カウンターの内側から久賀が三人を見ていた。
美澄は、

「全っっ然大丈夫ですよ」

と笑って、ふたりの間をすり抜ける。
そしてカウンターに五千円札と指導対局チケットを滑らせた。

「先生、明けましておめでとうございます」

「おめでとうございます」

「会員証、更新お願いします」

「はい」

久賀は金庫から新しいカードを取り出し、油性マジックで美澄の名前と会員番号を書き入れる。

「先生、昨日やっぱり文具屋のところにいましたよね?」

新しい会員証を寄越す久賀は、美澄の声など聞こえない風を装っている。

「あ! もしかして……」

美澄は仁木と磯島に聞こえないよう、声をひそめた。

「すみません、待ち合わせでしたか。秘密の彼女とか━━」

「違います」

きっぱり否定したために、聞こえていることも、昨日そこにいたことも肯定する結果となった。

「じゃあ、なんであんなところに━━」

「ところで、今日の指導担当は僕ですよ?」

「わかってます。私、先生に平手で勝ちたいんです」

背の高い久賀を下から見上げると、その視線を受けて久賀もうなずいた。

「そういうご要望であれば……」

「緩めろって意味じゃないです。本気です」

久賀は小さく吹き出したが、飲み込むように真顔を作り直した。

「うそ……そこで笑いますか?」

「すみません。つい」

美澄は仏頂面のまま指導対局のテーブルに向かう。

「ねえ仁木さん、笑うとかひどいと思いませんか?」

仁木は難しい顔でベレー帽の位置を直す。

「いやぁ、平手では厳しいよ」

「でも、いくら強い人だって隙ってあると思うんですよね」

「古関さんはめげないねぇ」

磯島も広い額をつるりと撫でて苦笑する。

「その辺のアマチュア相手じゃないんだよ? 久賀先生なら百戦(あや)うからずだな」

「私の味方はなしですか」

唇をとがらせたまま駒を並べた美澄に、

「古関さーん、頑張ってねー!」

と、離れた机から圭吾が手を振る。

「ありがとう! 頑張る!」