雪が強くなったせいなのか、駅に隣接するコーヒーショップは混んでいた。
買い物帰りの母娘や、友人同士、恋人同士、組み合わせはさまざまだが子どもはいない。

「圭吾くん、家まではどのくらいかかるの?」

「電車で五十分くらい」

「うわぁ、遠いね」

この寒いのによく飲むな、と思いつつ、コーラと自分の分のホットカフェラテを注文する。

「古関さん、家は違うところなの?」

「実家ってこと? 実家はね、隣の県。大学進学でこっちに来たの。だから地理には詳しくないんだ」

トレイを受け取って、人の間を縫って席を探した。
圭吾は後ろをちょこちょことついてくる。

どうにか見つけた一席に座り、圭吾はコーラを一気に半分飲む。
喉を通る炭酸の刺激に顔を歪ませたが、それが治まるなり、

「それで、久賀先生にケンカ売ったってホント?」

とふたたび聞いた。
話題を変えてくれる気はないらしい。

二人掛けの席は、元々四人掛けだったものを半分に分けたらしく、席と席との距離が極端に近い。
隣の女性二人連れとほとんど相席状態だった。
「ケンカを売る」などという不穏な会話はできれば避けたい。

「そんなんじゃないよ。ちょっと厳しく指導されただけ」

無意味だとわかっていても、声のトーンを落として言った。

「穴熊、姿焼きにされて全駒されたって聞いた」

「全駒はされてない」

「される前に緩めてもらったから?」

これだから将棋に詳しい小学生は困る、と美澄は返事をしない。
スティックシュガーを落としたカフェラテをスプーンでかき混ぜ、泡をぺろりと舐めた。

「久賀先生と平手で勝負とか無謀だよ」

「先生が人でなしなの」

「そうかなぁ?」

「前にも二年生の男の子泣かせて、お母さんに怒られたって聞いた。もっとにこにこ笑って『頑張ってね』くらい言っておけば問題起きないのに」

『応援はできないし、反対されたくらいでやめる程度の覚悟なら、いずれにせよ棋士にはなれません』とまで言った久賀だ。
「頑張って!」と拳を上げる彼を思い浮かべようとして失敗する。

「ごめん。やっぱり想像できない」

「うん」

聞いているのかいないのか、圭吾はクラッシュタイプの氷をストローで掻き出すことに心血を注いでいる。

「圭吾くんは平気なの? 前にかなり厳しいこと言われてたけど、怖くない?」

圭吾は見事獲得した氷をシャクシャク噛み砕いて「全然怖くないよ」と平然と答えた。

「久賀先生はあんまり笑ったりはしないけど、居飛車も振り飛車も指せるし、何でも知ってて、何でもわかりやすく教えてくれるよ。泣いちゃった子はいつも反則して、みんな困ってた」

寒っ! と身体を縮こませる圭吾を「そんなの飲むからだよ」とたしなめつつも、子どもって意外とちゃんと見てるんだな、と感心していた。
大人になると、服装だとか、コミュニケーションの取り方だとか、本質とは別のところでその人の評価を下してしまうことがある。

同時に、こんな良き理解者に対してあんな辛辣なことを告げた久賀は、やはり常識の埒外にあるとも感じていた。