「久賀先生、この水原さんってどんな人?」

磯島のスマートフォン画面を覗き込みながら仁木が尋ねた。
「この」と言っても映像や写真があるわけではなく、指し手が進むと電子盤がリアルタイムで更新され、要所要所で中継記者のコメントが表示されるのみである。

「僕とはほとんど奨励会もかぶっていませんし、そもそも彼女は関西所属なので接点がありません。でも、棋譜を見る限り、攻守のバランスの取れた居飛車党のようです」

ぐったりとソファーにもたれたまま、それでも久賀は知っている情報をすべて出した。

「久賀先生、中継見ないの?」

「見たくありません」

対局は十時に始まっているが、久賀は中継アプリを立ち上げることさえできていない。

『先生、お仕事忙しいと思いますけど、ときどきでいいので見ててくださいね!』

昨日電話で美澄はそう言っていた。
写真を撮られるわけでもないのに、馨から贈られたスーツを着るのだと張り切ってもいた。

家にいても落ち着かないので出勤したくせに、仕事もできず、中継も見られずにずっとソファーでうずくまっているなんて、とても言えない。

「スマホだとチマチマして見づらいな。どうせなら大盤使っちゃうか?」

「そうだな。それで久賀先生、解説してよ」

常田と磯島がホワイトボードに張りつけてある大盤を使おうと立ち上がったが、久賀はそれを制した。

「だめですよ。連盟に棋譜利用の申請してないんですから」

「無料でも?」

「無料でも。それに僕はただ働きはしません」

ケチー、という不満の声も、久賀はうなだれたまま聞き流す。

「解説はともかく、みんな気になるだろうから、もう少し大きな画面でつけておきましょうか」

平川はタブレットを起動させて、応接テーブルの上に立てた。
銘々がお茶やお茶請けを持ち寄って、ソファーに集まる。

久賀はすぐ目の前に置かれたタブレットを横目でチラリと見た。
そして後手である美澄の飛車が三筋にいるのを確認すると、ソファーに倒れ込んだ。

「ほぅ、古関さんは三間飛車でしたか」

にこにこ笑いながら平川は言う。

「こんな大事な時になんで……」

久賀はさらに具合が悪くなって、額に手を当てた。
美澄の三間飛車はいまいち勝率が低いのだ。

「そりゃ、久賀先生の得意戦法だからでしょう」

タブレットを見たまま、平川はからりと答える。

「古関さんにとっては、ある意味で原点と言えるんじゃないですか」