「真美先生が向かってるそうです。私はすぐ帰りますから、師匠は寝ていてください」

安心したのか馨は目を閉じた。
それを確認して、美澄はようやく辺りを見回す。
ブラウンやグレーなど落ち着いた色合いで統一された、馨らしい、きちんと片づいた部屋だった。
しかしシンクには牛乳を飲んだあとのグラスや、卵のこびりついた茶碗が洗われずに残っている。

買ってきたゼリー飲料や栄養ドリンクをしまおうと冷蔵庫を開けると、そこには手作りのピクルスや常備菜がタッパーに整理されて並んでいた。
それが馨の手によるものだと、すんなりと理解できる。
酒や醤油などの基本的な調味料はもちろん、コチュジャンや甜麺醤、ターメリック、クミンなどの瓶も並んでいる。
卵の横に八角の袋を見つけて、美澄は目を見張った。

洗濯機を回し、うどんの出汁を作り終えた頃に真美がやってきた。

「美澄ちゃん、ごめんね。ありがとう。馨は?」

「眠ってます。ちょっと熱が高いみたいで」

丸くなって眠る馨の額に、真美が手を当てる。
精一杯美澄を教え導いてきた“師匠”も、真美の前ではただの子どもだった。

「明日になって熱が下がらなかったら病院かな」

キッチンに立つ美澄の隣で、真美はバッグから取り出したエプロンをつけた。

「そうですね」

「うどん?」

鍋を覗き込んで真美が尋ねる。

「この冷蔵庫見ちゃうと、簡単過ぎて申し訳ないんですけど」

病人がいるにも関わらず、真美は豪快に笑い飛ばす。

「これに文句つける息子なら、しばらく退院できない身体にしてやるわ。あとは?」

「洗濯物干してもらっていいですか? 洗濯機に入ってた分は洗ったんですけど、さすがに干したら怒られそうなので」

「了解。馨よりも夏くんに悪いもんね。ありがとう」

「じゃあ、私は失礼します」