美澄の顔を見るなり、馨は眉間にこれ以上ないほど深い皺を寄せた。
「なんで古関さんがくるの」
言葉の前半はかすれ、後半は咳で掻き消される。
「真美先生も綾音さんもいなかったので」
馨から日藤家に掛かってきた電話を取ったのも美澄だった。
よほど弱っているのか声はかすれていて、薬を買ってきて欲しい、とかろうじて聞き取れた。
真美か綾音への伝言として受けたのだが、家族にはメモを残して美澄がやってきた。
「師匠、大丈夫ですか?」
ベッドに横たわる馨の額に手を当てると、弱々しくも振り払われた。
それでも手に残る熱は高い。
「インフルエンザでしょうか?」
「もう四月も終わりだよ」
「私の地元では、毎年四月までインフルエンザ流行るんです」
「とにかく帰って。うつったら対局に支し障る」
背を向けてまた何度か咳をするので、その背中をさすった。
汗でしっとり濡れている。
「対局ついてないので大丈夫です」
「記録係は?」
「明後日あります。帰ったらちゃんと風邪薬飲んで予防しますから」
「だめ。帰って」
「倒れてる師匠を放置するなんて、人でなしみたいなことできません」
「棋士は人でなしでいいんだよ。勝つためならモラルなんていらない」
弱っている今でさえ美澄の対局を心配する人でなしは、口ばかりの悪態をつく。
「師匠がおっしゃっても説得力ないですよ」
美澄はレジ袋から薬を取り出し、コップに水を汲む。
「私だって、師匠のためにできることは何でもしたいと思ってるんです」
「そういうことは夏紀くんに言いなよ」
「……先生には言えません」
「意外とそういうものかもね」
笑い声はまた咳に変わった。
諦めたようで、馨は美澄の手を借りて身体を起こし薬を飲む。
その時バイブ音がして、美澄は馨をベッドに寝かせてからメッセージを開いた。