東北は今年、例年より早く雪が積もった。
東京からやってきた美澄は、ノーカラーコートに吹きつける雪を払う。

クリスマスを控えたこの季節、わずかばかりのイルミネーションが駅周辺を彩っていた。
電線は歪み、いまいちセンスも悪いけれど、人通りの減ったこの場所を少しは華やいだものに見せている。

横断歩道で立ち止まると、あさひ将棋倶楽部のブラインドの向こうにはまだ明かりが見えた。
濡れたような車道は凍っていて、はやる気持ちに反して迂闊に前には進めない。
横断歩道を渡り切った先にある雪混じりのみずたまりを、ショートブーツの美澄は迂回して越えた。

もう二年近く離れていたけれど、目の前の風除室は傷や汚れひとつ変わっていないように見える。
この戸がカラカラと大きな音を立てること、そしてその音で中にいる人間がこちらに気づくことを、美澄はよく知っている。
かつてはこの戸の前で、何度も久賀を待っていた。

ゆっくり引いても、やはり戸はカラカラと鳴った。
もう後には退けない。
美澄がドアを叩いて訪ないを告げると、不信感もあらわにロールカーテンが半分だけ上げられた。

「古関さん! いったいどうしたんですか?」

急いで鍵を外した久賀が、ドアを開いて言った。

「あの、先生に……」

「とりあえず入ってください」

久賀はロールカーテンに顔をぶつけながら、美澄を中に招き入れた。

「先生! 大丈夫ですか?」

雪を払うのも忘れて尋ねると、久賀はずれた眼鏡を直してうなずいた。

「大丈夫です。意外と痛かったけど」

中は暖かく、懐かしい匂いがした。
他のどことも違う、この場所だけの匂い。

「先生、突然すみません。何度か連絡したんですけど繋がらなくて」

久賀はリュックからスマートフォンを出して着信履歴を確認する。

「すみません。気づきませんでした」

「いいんです。きっとまだ仕事中だと思ってたので」

美澄がいつも座っていた机にはノートパソコンが広げられている。
久賀がコーヒーを淹れに行っている間、その画面を覗いた。

「速度計算ですか?」

カップをふたつ持って戻った久賀に尋ねる。
速度計算とは、お互いに攻め合った場合どちらの玉が先に詰むのかという読みのことで、終盤ではこの精度が勝ち負けに直結する。

「中級者向けに教材を作ってました。速度計算の速さと正確性が上げられれば、逆転負けも減らせるので。 ……何ですか?」

吹き出した美澄に久賀は目をすがめる。

「熱心だな、と」

「給料分働いてるだけです」

言い訳がましい久賀の態度に美澄はまた笑って、渡されたカップに砂糖を落とした。
ミルクは「普段使う人がいないので賞味期限が切れている」そうだ。