待ち焦がれた電話が鳴ったとき、久賀は大人の初心者向けに指導対局をしている最中だった。
常田や仁木と雑談していた平川が、サンダルをパタパタいわせて電話を取る。

「はいはいはいはい。……もしもし、あさひ将棋倶楽部です」

平川が電話を取ったことを確認し、久賀はまた盤面に視線を戻したものの、意識は電話に向けられたままだった。
ずれていない眼鏡を何度も直す。

「━━ああ、はい。それはおめでとうございます。━━古関さん、ちょっと落ち着いて」

平川の呼んだ名前に、久賀ははっきりと思考を止められた。

「久賀先生は今指導対局中で━━ええ。━━ええ。━━わかりましたから。またあとで、久賀先生から連絡するように言っておきます」

平川は苦笑いでなだめているが、電話の向こうの美澄は落ち着かないようだった。
やがて平川から、久賀先生、と声がかかる。

「古関さんがうるさいので、電話に出てもらってもいいですか?」

「いや、でも、」

「指導は五分休みましょう。だから五分で落ち着けてくださいね」

生徒たちの了承を得て、久賀は受話器をとった。

「……もしもし?」

先生ー! という絶叫に近い声がした。驚いて少し耳を離す。

『先生ー! お仕事中だってわかってるんですけど、どーーーしても我慢できなくて。だからこっちに掛けました』

「五分だけ時間をもらいましたので、手短にお願いします」

『パソコンに棋譜送ったので見てください! 早く! 今すぐ!』

こちらの話などまったく聞く様子がないので、久賀はパソコンでメールを開いて棋譜を確認した。

『先生? 見ました? 先生?』

並んだ数字を追うごとに、久賀の口角は上がっていく。
会心譜を握りしめる美澄の姿が、目に浮かぶようだった。

『もしもし? 先生?』

美澄の声が不安そうに小さくなった。
しかし久賀は、常田や仁木が驚いて顔を見合わせるほど満面の笑みを浮かべていた。

「及第点です」

『やぁったぁー!!』

「それで?」

もはや結果など聞かなくてもわかるのだが、久賀は笑顔のまま美澄の言葉を待った。