「私が見ているだけで、三杯目だと思うのですが」

久賀がパソコン画面から顔を上げると、平川は久賀の手元を指差していた。
マグカップの中のコーヒーは、すでに半分ほどに減っている。

「そうでしたっけ」

「何かしてないと落ち着かないのはわかります。でも、さすがに胃に良くないと思いますよ」

すでにもたれている久賀の胃は、大量のコーヒーのせいで波打っていた。

「そうですよね」

言われてマグカップを置いたが、とたんに手が行き場を失くして焦燥感に駆られる。
久賀のため息に、平川も苦笑を重ねる。

「本当に胃に良くないのは、コーヒーではありませんけどね」

今日は一日が長いですね、と平川は首や腕のストレッチをしながら去っていく。
久賀も首を回してから時計を見たが、さっき見てから五分も経っていない。
止まっているのかとパソコン画面でも確認したけれど、同じ時刻だった。

マグカップを持ち上げて、口をつける直前で気づき、手の届かない位置に遠ざけた。
ため息とも深呼吸ともつかない息をひとつついて、パソコン画面と向き合うものの、五度も同じ文章を読んでいるのにまったく頭に入らない。

美澄と何百局も指した机では、一級の六十代男性と、二級の男子中学生が指している。
駒音とチェスクロックの音があちこちから聞こえていた。

『先生、もう一回』

近頃はめっきり寒くなり、踏切に行く時もマフラーが欠かせない。
倶楽部でもゆるく暖房を入れている。
しかし大きな窓から見える空は雲ひとつない快晴だ。

その空に向かい、頑張れ、頑張れ、と心の中でくり返す。
もっと言えばよかった。
見守るばかりの人間に、他にできることはないのだから。