呼び鈴が鳴ったので美澄が玄関ドアを開けると、隣家に植えられている桂の葉が舞い込んだ。
日藤家との境にあり、毎年大量に落ち葉が飛んでくると、今朝も真美がこぼしていたものだ。
今、その丸くて黄色い葉とともに立っていたのは久賀だった。

「先生!」

今日も青いチェック柄のシャツに黒いパンツ姿の久賀は、美澄を見るなり口元を押さえて笑い出す。

「先生?」

「すみません」

謝罪はしても、久賀は笑いを収められずにいる。
さすがに美澄も口を尖らせた。

「会うなり失礼ですね」

「すみません。……もしかしてオムライス?」

黄色いカットソーに赤い千鳥格子のパンツを合わせていた美澄は、自身を見下ろしてうなずいた。

「正解です。けど、先生笑い過ぎです」

「本当にすみません。でも、なんか安心しました。……これで安心するとか、僕もどうかしてるな」

先日電話で情けない内面を吐露したため、心配したようだ。
その節は、とモジモジ切り出す美澄に、久賀はやさしい笑顔を見せる。

「元気そうでよかった」

「お久しぶりです。今日、倶楽部は……お休みの日でしたね」

「今日は出版社に用事があって、そのついでに」

久賀が作った初心者向けの教材が出版されることになり、それに向けて準備していることは美澄も聞いていた。
棋書はプロ棋士だけでなく、奨励会員やアマチュアが執筆することも珍しくない。

「何度も東京に呼ばれるなんて大変ですね」

「いえ」

たいしたことではない、と久賀は小さくかぶりを振る。

「今日はみなさん出払ってますけど、よかったらどうぞ」

美澄はドアを大きく開けて招き入れようとするが、久賀は一歩下がってそれを拒んだ。

「いえ、もう帰ります」

「……そうなんですか?」