『あなたは何かあったら、いえ、何もなくても『わからない』とか『もうやだ』とか、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ生産性のないことばかり言うくせに、』

「ぐちゃぐちゃ……生産性……」

『それでこちらが何か建設的な提案を考えているうちに、勝手に復活して、もう話が変わってる』

「私って、そんなですか?」

『そうです。感情的でめちゃくちゃで子どもっぽいひとです。まるごとひとりで抱え込んで平気なふりができるような、まともなひとじゃないでしょう』

あまりの言われ様に反論しようと口を開いても、力が抜けるように言葉が出ない。

みずたまりを立て続けに車が走り抜け、美澄のロングカーディガンにも滴が飛び散った。
電話の声が聞き取りづらく、スマートフォンを強く押し当てる。

『何があったんですか?』

耳を澄ませていたので、その言葉の一音一音にこもった体温まで感じられた。
行き場を示された泣き言は、堰を切ってあふれ出す。

「何もありません。ただ、不安です」

何かあったら涙にして流してしまえるのに、何もないから身体の中で渦巻く“何か”は排出されることなく、ずっと内側を食い荒らす。

うん、と耳のすぐそばで声がする。

「毎日詰将棋を解いても、棋譜を並べても、何か変化してる実感はないし、前例調べて検討するだけでも膨大で、その全部なんて覚えられないし、このままだと符号に溺れて窒息するような気がします。時間はいくらあっても足りないのに上手く使えてなくて、そんなことしてる間に毎日新しい手が生まれては定跡が増えていく。どんなに足を動かしても、前に、進めていない気がします」

うん、という声がやさしくて、美澄は隠しておきたい内側をすべてさらしてしまった。

「今の努力は正しいのか、努力の方向性は正しいのか、ちゃんと前に進んでいるのか、ずっと不安です。その答えはないんだってこともわかってるんです。『努力』って、不安との戦いだってこともわかってるんです」

『そうですね』

「棋士は『どうしたら強くなれるか』を模索して示していかなきゃいけない、って先生も言ってましたよね」

『はい』

「でもわかんない! どんな努力をどれだけしたら女流棋士になれるのか教えてください! 無駄にならない努力の仕方を教えてください!」