南西から北上してきた雨雲が、東北全域に大雨を降らせている。
大雨洪水警報が発令され、河川の氾濫に注意するよう呼び掛けられているだけあって、花柄のビニール傘を打つ雨は、憎しみのこもった石礫(いしつぶて)のように強い。

アルバイトを終え、駅裏にあるバスターミナルを目指していた美澄(みすみ)は、傘越しに空を見上げる。
白とピンクの花柄の間から、昼間とは思えないほど暗い空が見えた。
傘はあっても風に煽られた雨粒は避けられず、シルバーラメのロングカーディガンはしっとりと濡れている。
あちこちに飾られたカボチャオバケの飾りも、雨の雫を受けていた。

バス停は、駅の裏からアーケードのように伸びた庇に沿って1番から15番まで設置されている。
ぐおんとアクセルが踏み込まれて、今もバスが二台続けてロータリーを回って行った。

その庇の際に、少年がひとり立っている。
スポーツメーカーのマークがついたキャップのつばを軽く持ち上げ、空の様子を伺っている。
青いリュックについている左馬のストラップをチラリと見ながら、美澄は彼の後ろを通り過ぎた。
お迎えでも待っているのだろう。

しかし、五分を過ぎ、バスが二台出発したあとも、誰も少年を迎えにくる様子はない。
スマートフォンの時刻表示を見ると、美澄の乗るバスの出発時刻まであと五分だった。

「どうかした?」

戻って話し掛けると、少年は驚いてふり返り身体をこわばらせた。
気温はまだ高いとはいえ、十月には季節感のない半袖とハーフパンツ姿だ。

帽子の下から探るように、少年は美澄を見上げる。

「お迎え待ってるの? バスターミナルは向こうだけど」

少年は小さく首を横に振る。
むき出しの腕で雨粒がキラリと光った。

「傘が、」

「傘?」

「壊れて……」

少年は左手で握っていた紺色の傘を出した。
手を離すと、骨がバラッと広がる。

「あらら」

骨は二本ほど折れていて、とても使えそうにない。
また、雨がやむ気配もない。

「これは、買った方がいいかもね。一緒に買いに行こうか」

そう提案して、すぐに広がろうとする傘を絞るように押さえつけ、無理矢理留め具をする。
しかし少年ははっきりと拒否した。

「大丈夫です」

「お迎えが来るの?」

「来ません」

今度は力なく首を横に振って、美澄の手から壊れた傘を受け取った。

「歩いて帰れるなら、送って行ってもいいけど」

先刻少年がしていたように、美澄も庇から空を見上げた。
地球の水分バランスが崩れるのではないかと心配になるくらい、雨の勢いは衰えない。
古いアスファルトはあちこちがみずたまりで、落ちた雨粒が波紋を広げる隙間もないほど水面は波立っていた。