「ヘレナ……」
 
俺は目の前に居る彼女を見て後退った。どうしてここにヘレナが居るんだ!? 

だってヘレナは死んだはずだ! ここに居るはずがない! 

だから――

「アル?」

「っ!」
 
ヘレナは俺の顔に手を伸ばすと、優しい手つきで左頬を包み込んだ。

その姿に思わず目を見張った。同時に彼女の左耳に付いているピアスも、瞳に飛び込んでくる。

「アル、本当にどうしたの? 顔色が悪いけど?」

「それは……」
 
彼女の手は温かく、唐突に生きているんだと実感した。あの時に感じた冷たい手ではなく、間違いなくその手からは彼女の温もりを感じられる。
 
だからだった。自分を心配そうに見てくるヘレナを見つめながら、彼女の左手の上に自分の手を重ねる。そして彼女の存在を確かめるように、腕を伸ばして体を強く抱きしめた。

「あ、アル?!」
 
腕の中でヘレナの驚く声が上がった。でもそんなの関係ない。今ここにヘレナが居る、ちゃんと腕の中に居てくれるって事を確かめたかった。

「あ、アル……急にどうしたの? いつもだったら恥ずかしがって、自分からこんなことしないのに」
 
彼女はそう言いながらも、自分の体を委ねてくる。ヘレナの言う通り、いつもの俺だったらこんなこと絶対にしない。

でも今は違う。今は彼女の存在を確かめたい、温もりを感じたいという思いが、どんな気持ちよりも勝っていた。

「嫌……だったか?」

「ううん、凄く嬉しいよ。アルからこんな事されるの滅多にないから、今のうちにいっぱい堪能しておかないとって思っちゃったよ」

「ふっ……お前らしいな」
 
そう言って俺はヘレナに優しく微笑した。あぁ、彼女が間違いなくヘレナだ。幻でも何でもない、俺の知っている彼女はちゃんとここに居る。
 
ヘレナを抱きしめる腕を解くと、今度は自分の手を彼女の手に絡めた。

「そう言えば、お前はどうしてここに居るんだ?」

「あ、そうだった! 実はアルに今日の夕食何が良いか聞きに来たのよ」

「おいおい……その為だけに、一人でここまで来たのか?」

「ええ、そうよ。アルの実家に行ってみたら、お義父様から家に居ないって言われてしまって、だからきっとここだと思ったのよ」
 
その話を聞いて俺は更に溜め息をついた。

「ヘレナ。ここに来るんだったら、せめて親父と一緒に来てくれ。今は戦争中で、ここもいつ戦争に巻き込まれるか分からないんだぞ」
 
幼い頃はよくここで一緒に遊んではいたが、あの頃に比べれば戦争の範囲はどんどん拡大してきている。

だからこの村もいつ戦争に巻き込まれるか分からない。前にそう言ってヘレナに話したはずだったが。