なんせここは雪国だ。他国と違ってこの国には自然と呼ばれる物がほとんど存在しない。例え存在していたとしても、全てこの雪の下に眠っていることだろう。
 
だから人喰い兎たちは、人間たちを食べるしかなかった。人間の血肉に飢え、例え子供や赤子であったとしても、奴らは容赦なく命を奪う。
 
私はここでたくさんの人喰い兎たちを殺してきた。別に国のために殺戮をしているわけじゃない。あくまでこれは、自分のためにそうしているだけだ。
 
あの国に私の居場所はない。だから自分で見つけるしかなかったんだ。

「いきなり意識を失って、再び目が覚めたらまさかここに立っているとは……最悪だな」
 
さっきの人喰い兎たちは、私が何もしなくても勝手に氷の中に閉じ込められて、勝手に氷共々散っていった。それは『氷結の力』による物だ。
 
この世界ではなぜか、あの世界に居た時よりも、氷結の力が弱まっている気がする。だから今なら、制御石がある内は力をコントロールする事が出来る。
 
私は自分の手を見下ろしてから、少し離れて見える氷国を睨みつけた。
 
イト、お前はエアのために私たちをこの世界に呼んだのか? お前はエアのために何がしたいって言うんだ?

「今の私に出来ること……」
 
それは間違いなくイトを止める事だろう。しかし今の私は一人だ。たった一人であいつを止める事が出来るなら、とっくにアルたちがやっている。だからまずはあいつらを探し出さないといけない。

「アルは炎国のローズマダー村、レーツェルは聖国に居るだろうな」
 
それだったら港に行って、炎国行きの船に乗るのが一番手っ取り早い。だが――
 
私は氷国の王城、つまり私が暮らしている城の頭上に浮かんでいる物を見て目を細めた。
 
おそらくここは、私がエアと出会う前の世界、いや……もしかしたらエアと出会う事のない世界なのかもしれない。

エアは使命なんかに囚われる事がなければ、あの巨大樹の都でトトとずっと一緒に暮らせるんだからな。
 
でも……悪いがイト。私はこの世界を今からぶっ壊しに行かせてもらう。ここは私が居るべき場所じゃない。それに大事な約束をなかった事にされるのは腹が立って仕方がない。
 
私は強い覚悟を決めて、氷国の王都に向かって歩き出した。とりあえず、今私がここでやるべき事はたった一つ。それは――

「この国を滅ぼす事だ」
 
その言葉と共に、私の側を強い風が吹き抜ける。また同じ事をするのは正直心苦しい。でもこの国はもう変わらないといけないんだ。
 
上の者からの支配を受けるのではなく、自分の意志と力を持って歩み始めなければ、この国は闇に飲み込まれる。そう、彼女が私にしてくれたように。
 
例え罵倒され憎悪を投げつけられたとしても、今の私はあの時の私ではない。だって今の私は『サファイア』なのだから。


★ ★ ★


これは現実? それとも夢? そんなこと誰にも分からない。だってそれを決めるのは己自身なのだから。
 
自分にとって『これが幸せ』と思った物が現実で。逆に違うと思った物が夢。だから人は幸せだと思った方へ行きたがる。
 
だってその方が自分は苦しまない。望んだ幸せの中に居れば、心は幸福で満たされる。嫌な事で悩んだり、苦しまずにすむ。
 
これが本当の意味での『幸せ』であり『救済』なんだ。だから僕は……私はこエアにこの世界をあげる。この世界は君の物だよ、エア。だってここは――楽園の世界だ。君が望んだ物は、全て手に入るのだから。