「………うん。そうだね」





私が逃げ出さないことくらいコイツのことだから始めから分かっていたはず、なのに。



嬉しいのか、悲しいのか。



そんな良く分からない表情の中で

ほっと一息つくような、



この時、春の顔に少しだけ安堵の色が見えた。






そして少しの沈黙が過ぎ去ると


私達を乗せた車は再び発進した。



微かに揺れる車内でたまに肩と肩が軽くぶつかる。



その度に何故か意識してちらりと春の顔を盗み見るけど、外に向いてある目と合うことはなく、私も同じよう外に視線を向けた。




見慣れない風景。



一体……どこに向かっているんだろう。



もう随分と走ってる気がする。





「………………」

「………………」

「………………」

「………………」





会話は無く、ラジオの音だけが広がる車内。



この曲聞き覚えがあるなー…っと、私の意識は完全にラジオから流れる曲に向いていた。





(どこで聞いたんだろ………あ、本屋か)





こんなアップテンポな曲調、あの本屋でしか聞かないし。




そんな興味の無い曲であっても


仕事場でずっと流れているからこそ、なんとなく覚えていて、無意識に口ずさんでしまいそうになった。




………特別好きな曲でもないのに。





(気分が良いわけでも……)





寧ろ、怒ってる、はず。




連絡の返事もくれなかったくせに


私の前に唐突に現れたコイツに対して。





ほんと……何を考えているのか分からない。






手を軽く握り返してみれば


外に向いていたその綺麗な瞳が


こっちを向いて





「ん?」





なんて。




アンタの二股疑惑はまだ払拭されていないのにも関わらず、



私のこの行動に喜んでいるかのような、


嬉しそうに、ふわりと。


前と変わらず柔らかい笑みを見せてくれるところも、





それを見て


ドキッと胸を高鳴らせてしまう、


そんな自分自身にも苛立つ。






コイツがどんな悪事をしたって



その瞳に私が映るのなら



簡単に許してしまうだろうな、と。



そう思えた自分に。