消えた未来

 久我君は勢いよく振り向く。

「もう一回」
「……無理」

 逃げるように、私は車椅子を押した。

 一歩進んだだけで、私の中から恋愛モードの気分が吹き飛んだ。

 久我君が、恐ろしく軽かったのだ。

 男の人をこんな軽い力で押せることは、そうないはずだ。

 久我君は見た目以上に、病に侵されていたらしい。

 そう思うと、足がすくんでしまった。

「名前は呼んでくれない、想いは直接言ってくれない。せっかく両想いなのに、寂しいと思わない?」

 私が戸惑っているのに気付いていないのか、久我君はさっきまでの私の対応に不満を並べている。

 なににどう反応すればいいのか、まったく頭が働かない。

「そうだ。俺が織部さんの名前で呼ぶのはいい?」

 久我君が振り返っても、私は応えられなかった。

「そんな暗い顔してどうした」
「……ううん、なんでもない」

 誤魔化すしかないと思った。

 改めて、ゆっくりと車椅子を押す。

 足も手も震えて、吐きそうだ。

「……なんか、俺だけ舞い上がってるな」

 久我君の切ない声が聞こえてきた。

「なにが?」
「両想いで喜んでるのは俺だけかって話」

 そんなことはない。

 私だって嬉しい。

 でも、それどころではなくなっているのだ。

 色恋沙汰に心を動かす余裕がない。