私はもう一度手すりに近寄って、身を乗り出すように下を覗いてみた。


「俺のことは空気だと思って、勝手に喋っていいよ」


届いた声の主の姿は見えなかった。


「あ、でも俺、あんま静かにできないんだよな。いつもうるさいって言われるし。今も黙っていれば良かったのに……って、また喋ってた。ごめん」


一方的に喋る彼。

1人で喋って、1人でツッコミを入れて、また謝っている。言葉通り、静かにできないタイプってのも納得。


「ふっ」


可笑しくて、思わず小さく吹き出してしまった。

顔も名前も知らないのに、声と会話だけで緊張が解けた。……会話って呼べるほど話してないけど。


「あ、笑った」

「え……?」


見られてる?

キョロキョロ首を振って見回したけど、非常階段4階には誰もいない。


「声だけでわかるよ。……ねぇ、名前なんて言うの?」

「名前、ですか……?」


その場に座り込み、手すりに背中を預けながら考える。