何も手につかないまま、気づけば時計の針は20時を回っていた。

洗面所に行って顔でも洗おう。


そしたら、少しは気持ちを切り替えられるはず。

そう思いながら蛇口をひねる。

鏡に映った私は制服を着たままで、本当に何もしていなかったんだなと気づいた。

それほどまでに煌の発言は衝撃的だった。

顔を洗い、服を着替えるも気持ちは全く切り替わらない。


そんな中、ガチャとドアが開く音がした。

慌てて部屋から出ると玄関には煌が一人。

靴を脱ごうともせず、本当にただ荷物を取りに戻って来ただけのようだった。

「おかえり。最後なんだしご飯ぐらい食べていったら?」

ああ、もうおかえりじゃないのかな。

心の中は落ち着かないのに、頭の中だけがやけに冷静だ。

「いや、新居寄ったらまたテレビ局に戻るから。下に紫月さん待たせてるからもう行くな」

煌はそう言うと荷物を持ち背を向ける。

……2ヶ月近くも一緒に生活したのに、こんなにあっさり去って行くの?


「ちょっと待って煌」

気づくと私は煌の腕を掴んでいた。

すると煌はその場で立ち止まる。

「………………」

引き止めたのはいいものの、上手く言葉が見つからない。

は、早く何か言わないと。


会話の糸口を必死に探そうとする私を見かねて、煌が口を開いた。

「……本当は何も知らないふりして出ていこうと思ったんだけど」