第一章 笑い猫の気がかり
天気……小正月が過ぎた。外はまだ少し寒いが、向かい風は、もう骨身に染みるほど冷たくはない。風の音がとても柔らかくなってきた。春の訪れを告げる天女の軽やかな足音が、もう聞こえてきたかのようだ。
ぼくたちが住んでいる町では、小正月が過ぎると、春節が終わり、新しい生活がまた始まる。子供たちは学校へ行く準備を始めていた。昨日、馬小跳と唐飛と張達と毛超と杜真子は、朝早く、ぼくが住んでいる翠湖公園の山洞にやってきて、今朝の始業式のことについて話していた。
アーヤーとサンパオもまた忙しくなってきた。
「時間が足りないわねぇ……」
「一日が四十八時間あったらいいのに……」
アーヤーもサンパオも、もどかしそうにしていた。
「ぼくは何もすることがないから、退屈で仕方がないよ。アーヤーとサンパオに、ぼくの時間を少し分けてあげることができたらいいのに……」
パント―は、じれったさそうにしていた。
朝食をすませたばかりだというのに、パント―はもう
(早く、お昼にならないかなぁ……)
と、思っていた。昼食をすませると、今度は
(早く、夕方にならないかなぁ……)
と、ぶつぶつ言っていた。パント―はけだるそうに、何度も足や背筋を伸ばしながら、屈伸運動をしていた。
「時間がたつのは本当に遅いねぇ……」
ぶつぶつと、時間に文句を言っているようなありさまだった。
「そのように思うのは、あなたに何もすることがないからですよ」
妻猫がパント―に言った。
「アーヤーとサンパオには、しなければならないことがたくさんあるから、時間がたつのが、とても速く感じられるのですよ」
妻猫が言うのも、もっともだった。
「ぼくだって何かしたいよ」
パント―は真顔で、そう答えた。
「ぼくもアーヤーのように病院に行って、植物状態になっている人に歌を歌って聞かせたり、耳に障害がある人を手伝って、新聞を売ったりしたいよ。サンパオのように、盲導猫になって、目に障害がある人のお役に立ちたいよ。でもぼくには、何もできない」
パント―は、しょんぼりと、うなだれていた。
「お父さんも、お母さんも、こんなぼくを情けないと思っているでしょう」
パントーは、ますます、しょげていた。
ぼくは妻猫と目を合わせた。以心伝心で、お互いの心の中が分かった。
「何を言ってるのよ、パント―。そんなことないわよ。父さんも母さんも、お前のことをそんなふうには少しも思っていないわよ」
妻猫は、パント―のほおに優しくキスをした。
「お前はどうして、そのように思うのよ」
「だってぼくはアーヤーやサンパオのように優秀ではないから」
パント―の心は深い海の底に沈んでいるように思えた。
「母さんの心の中では、パントーもアーヤーもサンパオも、みんな同じよ。お前たち、みんなが、母さんの、大切な、かけがえのない宝よ」
妻猫は、そう言って、いとおしそうに、パント―を抱きしめた。
「この世の中にアーヤーは、ほかにはいない。サンパオも、ほかにはいない。パント―も、ほかにはいない。みんな違って、みんないい」
ぼくも、そう言って、パント―に、熱い思いを伝えた。
「ぼくのような無能な子供でも、かけがえのない宝なの」
パント―は、半信半疑のまなざしを、妻猫に向けた。
「当たり前じゃない。この広い世の中に、パント―は、お前しかいないのよ」
妻猫が間、髪を入れず、そう答えていた。
「父さんと母さんが、お前のことを、どれほど愛しているか、お前はまったく分かっていないんだね」
妻猫が、ぶつくさ言っていた。
「お前はアーヤーやサンパオほど優秀ではないと思っているようだが、お前がまだ自分にふさわしい仕事を見つけていないからだよ。そのような仕事を見つけさえすれば、お前もその日から、アーヤーやサンパオと同じように優秀になれるよ」
ぼくはそう言って、パント―を励ました。
「えっ、ぼくも、人の役に立つようになれるの」
パント―は意外そうな顔をした。
「もちろんだよ。自分で何かをして、自分が優秀であることを証明してみせなければならないよ」
ぼくは、さとすように言った。
「分かるよ。でも、ぼくはいったい何をしたらいいの。それが分からない」
パント―の顔には、戸惑いの色が、ありありと浮かんでいた。
「あせらないでいいよ。パント―」
妻猫がパント―を慰めていた。
「サンパオは盲導犬に習って、盲導猫になることを学んだわ。アーヤーは九官鳥に習って、歌の歌い方や人の言葉の話し方を学んだわ」
お母さんが、きょうだいの例をあげていた。
「ぼくは誰に何を習ったらいいの」
パント―の問いに、ぼくはすぐには答えられなくて、困ってしまった。
こんなときは、ぼくは老いらくさんのところに行って、意見をちょっと聞きたくなる。ぼくに生じた難しい問題のすべてに、老いらくさんが、いつも優れた答を出せるわけではないが、老いらくさんの意見を聞いていると、ヒントを得られることが多いからだ。
翠湖のほとりを歩いていると、いつもすぐ老いらくさんが、やってくるので、ぼくは、うちを出て、翠湖を散策していた。
すると思っていた通り、五分もたたないうちに、老いらくさんが、やってきた。
「春節が終わったばかりだというのに、お前はどうして、そんなに浮かない顔をしているのだ」
老いらくさんが、ぼくの顔色がさえないのを見て話しかけてきた。
「ははーん、分かった。たぶんサンパオのことだろう。わしが知っているかぎり、
今度の春節に、サンパオが家族と一緒に過ごした時間は、六時間三十七分しかなかった。それで……」
老いらくさんは、想像を楽しんでいるように思えた。
いやはや、たまげた。今度の春節の我が家の出来事が、老いらくさんに、そこまで見通されていたとは思ってもいなかった。
「まいったなぁ、どうしてそこまで詳しく……」
驚いて、それ以上、言葉が出てこなかった。
「わしのことを不思議に思っているんだろう」
老いらくさんが、くつくつしていた。
「わしが、そこまで正確に時間を計算できたのは、サンパオに、ぞっこん、ほれ
こんでいるからだよ」
老いらくさんは、すっかり、サンパオのとりこになっているようだった。サンパオの話になると、老いらくさんの話はいつも止まらなくなる。
「待って、待って」
ぼくは慌てて、老いらくさんの話の腰を折った。
「今、ぼくが気がかりに思っているのは、サンパオのことではないよ。パントーのことだよ」
老いらくさんが、意外そうな顔をした。
「そうか、パントーのことか……でもパント―は、いちばん手がかからない子だろう。毎日、食っちゃー寝、食っちゃー寝しているだけの子だから、お前の手を煩わせることは、全然ないだろう」
気楽な生き方をしているように見えるパント―に、老いらくさんは、それほど関心がないようだった。
「手を煩わせないことと、心配いらないこととは全然別だよ」
ぼくは少し、むっとしていた。
「パント―もこれから生きていくなかで、ほかのきょうだいと同じように、何かをしなければならないわけでしょ。でもパント―はいったい何をしたらいいの」
ぼくは真剣な顔をして聞いた。
「そうだねぇ、パント―はアーヤーほど頭がよくないし、サンパオほど仕事ができるわけでもないからねぇ。パント―が何かをしようと思うのなら、パント―の長所を伸ばして、短所ができるだけ出てこないようにしなければねぇ」
老いらくさんは、しばらく考えていた。
「パント―のいちばん良いところは何だ」
老いらくさんの不意な問いに、ぼくはちょっと考えてみた。でもすぐには、これといったものが思い浮かばなかった。
「そうだねぇ、……いちずなところかな」
口から出まかせに、そう答えるしかなかった。
「そうか。パント―にそのような良いところがあるのに、お前はどうして気がかりなんだ」
老いらくさんが小首をかしげていた。
「いちずなことは頭がよいことや、仕事ができることよりも、もっと大切なことだよ。すべての成功者は、みな、同じような長所がある。それは、いちずなことだ。すごい、すごい、お前は、たいした父親だねぇ」
老いらくさんから、くすぐったくなるようなことを言われた。
「パント―にそのような長所があることを、わしもお前もまだ、パント―には話
していないのではないか。父親のお前から、ほめてやれよ」
老いらくさんに相談に来て、やはり良かった。ヒントが得られたからだ。
「お前には、ものを見る目がある。すべての父親にものを見る目があるわけではないよ。分かるか」
老いらくさんは、穏やかな口調で、そう言った。
「パント―の良いところに気がついたのだから、それを存分に発揮できるようにアドバイスをしたらどうだ。個性を生かせるような技術を学ばせたら、パント―の前途は洋々としたものになるにちがいないよ」
老いらくさんの確信にあふれた言葉が、ぼくの琴線に触れた。
「パント―を学校に行かせてはどうか」
老いらくさんが提案した。
「今、世の中には、いろいろな学校が雨後のタケノコのように次々とできてきている。人間が行く学校だけではなくて、猫が行く学校や、犬が行く学校もある。でも、わしはパント―を猫の学校に行かせることには賛成しない」
「どうしてですか」
「猫の学校に行っても、どうせネズミの捕り方を教えるだけに過ぎないからだ。昔からある、そのような古いやり方は、もうとっくに時代遅れだよ。勉強しても何の役にも立たない。無駄になるだけだよ。高度な先端技術や知識を習得しているネズミを捕まえようとしても、まるっきり、捕まえることができない」
老いらくさんは自信にあふれた口調で、そう答えた。
「ではパント―を犬の学校に行かせてもだめですか」
「もちろんだよ」
「ではどこにやればいいのですか」
ぼくは戸惑っていた。すると老いらくさんが、控えめに
「パント―をペット曲芸学校に行かせてはどうかな」
と、提案した。
「そのような学校があるのですか」
「ある、ある、ある。わしは自分の目で見に行ったことがある。今はちょうど新学期が始まって、学生を募集している時季だよ。興味があったら、明日にでもパント―を連れて見学に行ってみたらどうだ」
「でも、うちのパント―は人に飼われているペットではないから、入学できるのでしょうか」
「何を言っているんだ。お前がペットのように、かわいがっているではないか。妻猫がペットのように愛しているではないか。ペットのようにかわいがられている犬や猫は、人に飼われていなくてもペットのようなものだよ」
分かったような、分からないような老いらくさんの話は、なんだか雲をつかむような話だった。でも、そう言われると、まんざら否定できないこともないように思われた。
「分かりました。入学できるかどうかは分かりませんが、明日、パント―を連れて、ペット曲芸学校に行ってみます」
ぼくは老いらくさんに、はっきりと、そう答えた。
天気……小正月が過ぎた。外はまだ少し寒いが、向かい風は、もう骨身に染みるほど冷たくはない。風の音がとても柔らかくなってきた。春の訪れを告げる天女の軽やかな足音が、もう聞こえてきたかのようだ。
ぼくたちが住んでいる町では、小正月が過ぎると、春節が終わり、新しい生活がまた始まる。子供たちは学校へ行く準備を始めていた。昨日、馬小跳と唐飛と張達と毛超と杜真子は、朝早く、ぼくが住んでいる翠湖公園の山洞にやってきて、今朝の始業式のことについて話していた。
アーヤーとサンパオもまた忙しくなってきた。
「時間が足りないわねぇ……」
「一日が四十八時間あったらいいのに……」
アーヤーもサンパオも、もどかしそうにしていた。
「ぼくは何もすることがないから、退屈で仕方がないよ。アーヤーとサンパオに、ぼくの時間を少し分けてあげることができたらいいのに……」
パント―は、じれったさそうにしていた。
朝食をすませたばかりだというのに、パント―はもう
(早く、お昼にならないかなぁ……)
と、思っていた。昼食をすませると、今度は
(早く、夕方にならないかなぁ……)
と、ぶつぶつ言っていた。パント―はけだるそうに、何度も足や背筋を伸ばしながら、屈伸運動をしていた。
「時間がたつのは本当に遅いねぇ……」
ぶつぶつと、時間に文句を言っているようなありさまだった。
「そのように思うのは、あなたに何もすることがないからですよ」
妻猫がパント―に言った。
「アーヤーとサンパオには、しなければならないことがたくさんあるから、時間がたつのが、とても速く感じられるのですよ」
妻猫が言うのも、もっともだった。
「ぼくだって何かしたいよ」
パント―は真顔で、そう答えた。
「ぼくもアーヤーのように病院に行って、植物状態になっている人に歌を歌って聞かせたり、耳に障害がある人を手伝って、新聞を売ったりしたいよ。サンパオのように、盲導猫になって、目に障害がある人のお役に立ちたいよ。でもぼくには、何もできない」
パント―は、しょんぼりと、うなだれていた。
「お父さんも、お母さんも、こんなぼくを情けないと思っているでしょう」
パントーは、ますます、しょげていた。
ぼくは妻猫と目を合わせた。以心伝心で、お互いの心の中が分かった。
「何を言ってるのよ、パント―。そんなことないわよ。父さんも母さんも、お前のことをそんなふうには少しも思っていないわよ」
妻猫は、パント―のほおに優しくキスをした。
「お前はどうして、そのように思うのよ」
「だってぼくはアーヤーやサンパオのように優秀ではないから」
パント―の心は深い海の底に沈んでいるように思えた。
「母さんの心の中では、パントーもアーヤーもサンパオも、みんな同じよ。お前たち、みんなが、母さんの、大切な、かけがえのない宝よ」
妻猫は、そう言って、いとおしそうに、パント―を抱きしめた。
「この世の中にアーヤーは、ほかにはいない。サンパオも、ほかにはいない。パント―も、ほかにはいない。みんな違って、みんないい」
ぼくも、そう言って、パント―に、熱い思いを伝えた。
「ぼくのような無能な子供でも、かけがえのない宝なの」
パント―は、半信半疑のまなざしを、妻猫に向けた。
「当たり前じゃない。この広い世の中に、パント―は、お前しかいないのよ」
妻猫が間、髪を入れず、そう答えていた。
「父さんと母さんが、お前のことを、どれほど愛しているか、お前はまったく分かっていないんだね」
妻猫が、ぶつくさ言っていた。
「お前はアーヤーやサンパオほど優秀ではないと思っているようだが、お前がまだ自分にふさわしい仕事を見つけていないからだよ。そのような仕事を見つけさえすれば、お前もその日から、アーヤーやサンパオと同じように優秀になれるよ」
ぼくはそう言って、パント―を励ました。
「えっ、ぼくも、人の役に立つようになれるの」
パント―は意外そうな顔をした。
「もちろんだよ。自分で何かをして、自分が優秀であることを証明してみせなければならないよ」
ぼくは、さとすように言った。
「分かるよ。でも、ぼくはいったい何をしたらいいの。それが分からない」
パント―の顔には、戸惑いの色が、ありありと浮かんでいた。
「あせらないでいいよ。パント―」
妻猫がパント―を慰めていた。
「サンパオは盲導犬に習って、盲導猫になることを学んだわ。アーヤーは九官鳥に習って、歌の歌い方や人の言葉の話し方を学んだわ」
お母さんが、きょうだいの例をあげていた。
「ぼくは誰に何を習ったらいいの」
パント―の問いに、ぼくはすぐには答えられなくて、困ってしまった。
こんなときは、ぼくは老いらくさんのところに行って、意見をちょっと聞きたくなる。ぼくに生じた難しい問題のすべてに、老いらくさんが、いつも優れた答を出せるわけではないが、老いらくさんの意見を聞いていると、ヒントを得られることが多いからだ。
翠湖のほとりを歩いていると、いつもすぐ老いらくさんが、やってくるので、ぼくは、うちを出て、翠湖を散策していた。
すると思っていた通り、五分もたたないうちに、老いらくさんが、やってきた。
「春節が終わったばかりだというのに、お前はどうして、そんなに浮かない顔をしているのだ」
老いらくさんが、ぼくの顔色がさえないのを見て話しかけてきた。
「ははーん、分かった。たぶんサンパオのことだろう。わしが知っているかぎり、
今度の春節に、サンパオが家族と一緒に過ごした時間は、六時間三十七分しかなかった。それで……」
老いらくさんは、想像を楽しんでいるように思えた。
いやはや、たまげた。今度の春節の我が家の出来事が、老いらくさんに、そこまで見通されていたとは思ってもいなかった。
「まいったなぁ、どうしてそこまで詳しく……」
驚いて、それ以上、言葉が出てこなかった。
「わしのことを不思議に思っているんだろう」
老いらくさんが、くつくつしていた。
「わしが、そこまで正確に時間を計算できたのは、サンパオに、ぞっこん、ほれ
こんでいるからだよ」
老いらくさんは、すっかり、サンパオのとりこになっているようだった。サンパオの話になると、老いらくさんの話はいつも止まらなくなる。
「待って、待って」
ぼくは慌てて、老いらくさんの話の腰を折った。
「今、ぼくが気がかりに思っているのは、サンパオのことではないよ。パントーのことだよ」
老いらくさんが、意外そうな顔をした。
「そうか、パントーのことか……でもパント―は、いちばん手がかからない子だろう。毎日、食っちゃー寝、食っちゃー寝しているだけの子だから、お前の手を煩わせることは、全然ないだろう」
気楽な生き方をしているように見えるパント―に、老いらくさんは、それほど関心がないようだった。
「手を煩わせないことと、心配いらないこととは全然別だよ」
ぼくは少し、むっとしていた。
「パント―もこれから生きていくなかで、ほかのきょうだいと同じように、何かをしなければならないわけでしょ。でもパント―はいったい何をしたらいいの」
ぼくは真剣な顔をして聞いた。
「そうだねぇ、パント―はアーヤーほど頭がよくないし、サンパオほど仕事ができるわけでもないからねぇ。パント―が何かをしようと思うのなら、パント―の長所を伸ばして、短所ができるだけ出てこないようにしなければねぇ」
老いらくさんは、しばらく考えていた。
「パント―のいちばん良いところは何だ」
老いらくさんの不意な問いに、ぼくはちょっと考えてみた。でもすぐには、これといったものが思い浮かばなかった。
「そうだねぇ、……いちずなところかな」
口から出まかせに、そう答えるしかなかった。
「そうか。パント―にそのような良いところがあるのに、お前はどうして気がかりなんだ」
老いらくさんが小首をかしげていた。
「いちずなことは頭がよいことや、仕事ができることよりも、もっと大切なことだよ。すべての成功者は、みな、同じような長所がある。それは、いちずなことだ。すごい、すごい、お前は、たいした父親だねぇ」
老いらくさんから、くすぐったくなるようなことを言われた。
「パント―にそのような長所があることを、わしもお前もまだ、パント―には話
していないのではないか。父親のお前から、ほめてやれよ」
老いらくさんに相談に来て、やはり良かった。ヒントが得られたからだ。
「お前には、ものを見る目がある。すべての父親にものを見る目があるわけではないよ。分かるか」
老いらくさんは、穏やかな口調で、そう言った。
「パント―の良いところに気がついたのだから、それを存分に発揮できるようにアドバイスをしたらどうだ。個性を生かせるような技術を学ばせたら、パント―の前途は洋々としたものになるにちがいないよ」
老いらくさんの確信にあふれた言葉が、ぼくの琴線に触れた。
「パント―を学校に行かせてはどうか」
老いらくさんが提案した。
「今、世の中には、いろいろな学校が雨後のタケノコのように次々とできてきている。人間が行く学校だけではなくて、猫が行く学校や、犬が行く学校もある。でも、わしはパント―を猫の学校に行かせることには賛成しない」
「どうしてですか」
「猫の学校に行っても、どうせネズミの捕り方を教えるだけに過ぎないからだ。昔からある、そのような古いやり方は、もうとっくに時代遅れだよ。勉強しても何の役にも立たない。無駄になるだけだよ。高度な先端技術や知識を習得しているネズミを捕まえようとしても、まるっきり、捕まえることができない」
老いらくさんは自信にあふれた口調で、そう答えた。
「ではパント―を犬の学校に行かせてもだめですか」
「もちろんだよ」
「ではどこにやればいいのですか」
ぼくは戸惑っていた。すると老いらくさんが、控えめに
「パント―をペット曲芸学校に行かせてはどうかな」
と、提案した。
「そのような学校があるのですか」
「ある、ある、ある。わしは自分の目で見に行ったことがある。今はちょうど新学期が始まって、学生を募集している時季だよ。興味があったら、明日にでもパント―を連れて見学に行ってみたらどうだ」
「でも、うちのパント―は人に飼われているペットではないから、入学できるのでしょうか」
「何を言っているんだ。お前がペットのように、かわいがっているではないか。妻猫がペットのように愛しているではないか。ペットのようにかわいがられている犬や猫は、人に飼われていなくてもペットのようなものだよ」
分かったような、分からないような老いらくさんの話は、なんだか雲をつかむような話だった。でも、そう言われると、まんざら否定できないこともないように思われた。
「分かりました。入学できるかどうかは分かりませんが、明日、パント―を連れて、ペット曲芸学校に行ってみます」
ぼくは老いらくさんに、はっきりと、そう答えた。