恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 「やはり、あなたは頭の回転が速い。そう、
僕たちはあの創立記念パーティーで会ってい
るんです。もっとも、あなたは僕のことなど
微塵も覚えてはいないでしょうが」

 ちくり、と言葉の最後に嫌味を込めて、彼
がくすりと笑う。事実、紫月は本当に覚えて
いないのだから、嫌味を言われても仕方がな
い。紫月は苦笑いを浮かべ、素直に詫びた。

 「すみません。あの夜はあまりに沢山の方と
ご挨拶をしたので……」

 「確かに。あなたは沢山の方と顔を合わせ
て、疲れ果てていた。でも、僕のことがまっ
たく記憶に残らなかった理由は、他にあるで
しょう?あなたはあの夜、壇上に立った榊
一久に一目惚れをした。だから僕はあなたを
見つけ、声をかけても、記憶にすら留めても
らえなかったんです。たった数分、出会うの
が遅かっただけだというのに……」

 そう言って切なげに目を細めた彼に、紫月は
思わず口を噤んでしまう。

 あの夜、自分が一目で恋に落ちてしまった
のと同じように、目の前のこの男性も自分に
恋をしてしまった、というのだ。

 まさか、たった一度言葉を交わしたくらい
で人を好きになるなんて……と、その想いを
否定できるはずもない。一瞬の出会いを忘れら
れずに、自分は5年もの間、一久に恋焦がれて
いたのだから……

 ふいに、一久の笑みが脳裏に浮かんで胸が
痛む。まだ、この恋が死んだわけではないの
だと思えば、知らず、自嘲の笑みが零れて
しまった。

 「でも、その恋は見事に散りました。だから、
そうと知ったあなたは私に縁談を申し込んだ、
というわけですね」

 どうして自分が彼に選ばれたのか?
 ようやくその理由がわかって、向けられる
眼差しを真っすぐに受け止める。



-----これは政略結婚ではない。



 自分には心があるのだと、ブルーグレーの
澄んだ瞳が言っている。

 「あなたは、自分から恋を手放すことのでき
る気高い女性だ。そんなあなたの姿を目の当た
りにした僕の胸がどれほど締め付けられたか……
とてもひと言では語り得ない。もう苦しまなく
ていいと、どんなに言ってやりたかったか。あの
夜、僕たちがこの場に居合わせたのは、運命だ。
たとえ、僕がこのホテルのオーナーであってもね」

 美しい日本語で紡がれるその言葉は、まさに、
恋をする男のそれで……けれど同時に、彼の
その言葉が、紫月にあることを気付かせる。

 「もしかして、あのメッセージは……」

 それは問いかけではなく、確認だった。
 
 あの晩、自分の部屋に差し込まれていた、
メモ用紙。今の彼の口ぶりから、あれは
自分に向けられた言葉だったのだと、気付く。