「知っています。知らないわけないじゃない
ですか」
上機嫌で顔を覗き込んだ父に対し、わけが
わからないという苛立ちから、紫月は僅かに
語気を強めてしまった。
イギリスに本部を置く多国籍ホテルグループ
のCEO、月城玲。
彼は言わずと知れた、ホテル王だ。
世界各国に5400軒以上のホテルを運営して
おり、その総資産は億という単位では足りない。
という記事を目にしたのは、いつだったか……
少しクセのあるブロンドヘアに、彫が深すぎ
ない、ハーフ特有の甘い顔立ち。その二つの
要素が相まって、彼が雑誌やメディアに登場
することは多かった。
「でもどうして急に?彼なら結婚を申し出る
女性なんて、掃いて捨てるほどいるでしょうに」
ハイスペックという単語すら霞んでしまいそう
なその人、月城玲。彼がどうして、いま、この
タイミングで自分を選ぶのか、皆目見当もつか
ない。だから、どうしても乗り気にはなれなかっ
た。第一、自分は榊一久との婚約を破棄したばか
りではないか。なのに、ひと月も経たないうちに
大富豪と呼べる彼と婚約を結べば、世間は自分が
サカキグループの跡取りを見限ったと受け取る
ことだろう。真実はまったく違っても、経営不振
に陥っているサカキの息子を捨て、ホテル王の
月城玲に乗り換えた。
-----そんな噂が立つかも知れない。
けれど、もしかしたらその方が彼にとっては
都合がいいだろうか?自分が悪く言われること
で、彼の体裁が保たれるかも知れない。
ちら、と、頭の片隅でそんなことを考えていた
紫月の耳に、「聞いてるのか?」という、父の
言葉が飛び込んできた。
「はい、何でしょう?」
父の声にたちまち意識を現実へと引き戻され、
紫月は何度か瞬きをする。やれやれ、とでも
言いたげに父は小さく頭を振った。
「だから、だ。まだ、おまえは気持ちの整理
もついていないだろうから、と、あちらは取り
あえず仮の婚約ということで顔合わせだけを
望んでいるらしい」
「仮の婚約?まずは会ってみて、話はそれ
からということですか?」
彼からの意外な提案に、紫月はまた、目を
丸くした。
「そうだ。だから、そう身構えずとにかく
会って来い。ただタイミングが悪いからと
言って断るには、勿体なすぎる相手だ。会って
みて嫌だったら、その時は……まあ、仕方ない
が。結婚は一生の付き合いだ。最終的な判断は
おまえに任せる」
そう言って何かを思案しながら顎を撫でる
父に、母は「そうね。まずは会ってみなきゃね」
と、ひと言付け加える。
とても「会いたくない」とは、言えない空気
だった。紫月は目の前に座る両親の顔を見、
ため息をついた。そうして、頷いた。
「わかりました。とにかく、彼に会ってみ
ます」
そう口にした瞬間、ほっとしたように顔を
見合わせた両親に、紫月は少しだけ苦笑いした
のだった。
ですか」
上機嫌で顔を覗き込んだ父に対し、わけが
わからないという苛立ちから、紫月は僅かに
語気を強めてしまった。
イギリスに本部を置く多国籍ホテルグループ
のCEO、月城玲。
彼は言わずと知れた、ホテル王だ。
世界各国に5400軒以上のホテルを運営して
おり、その総資産は億という単位では足りない。
という記事を目にしたのは、いつだったか……
少しクセのあるブロンドヘアに、彫が深すぎ
ない、ハーフ特有の甘い顔立ち。その二つの
要素が相まって、彼が雑誌やメディアに登場
することは多かった。
「でもどうして急に?彼なら結婚を申し出る
女性なんて、掃いて捨てるほどいるでしょうに」
ハイスペックという単語すら霞んでしまいそう
なその人、月城玲。彼がどうして、いま、この
タイミングで自分を選ぶのか、皆目見当もつか
ない。だから、どうしても乗り気にはなれなかっ
た。第一、自分は榊一久との婚約を破棄したばか
りではないか。なのに、ひと月も経たないうちに
大富豪と呼べる彼と婚約を結べば、世間は自分が
サカキグループの跡取りを見限ったと受け取る
ことだろう。真実はまったく違っても、経営不振
に陥っているサカキの息子を捨て、ホテル王の
月城玲に乗り換えた。
-----そんな噂が立つかも知れない。
けれど、もしかしたらその方が彼にとっては
都合がいいだろうか?自分が悪く言われること
で、彼の体裁が保たれるかも知れない。
ちら、と、頭の片隅でそんなことを考えていた
紫月の耳に、「聞いてるのか?」という、父の
言葉が飛び込んできた。
「はい、何でしょう?」
父の声にたちまち意識を現実へと引き戻され、
紫月は何度か瞬きをする。やれやれ、とでも
言いたげに父は小さく頭を振った。
「だから、だ。まだ、おまえは気持ちの整理
もついていないだろうから、と、あちらは取り
あえず仮の婚約ということで顔合わせだけを
望んでいるらしい」
「仮の婚約?まずは会ってみて、話はそれ
からということですか?」
彼からの意外な提案に、紫月はまた、目を
丸くした。
「そうだ。だから、そう身構えずとにかく
会って来い。ただタイミングが悪いからと
言って断るには、勿体なすぎる相手だ。会って
みて嫌だったら、その時は……まあ、仕方ない
が。結婚は一生の付き合いだ。最終的な判断は
おまえに任せる」
そう言って何かを思案しながら顎を撫でる
父に、母は「そうね。まずは会ってみなきゃね」
と、ひと言付け加える。
とても「会いたくない」とは、言えない空気
だった。紫月は目の前に座る両親の顔を見、
ため息をついた。そうして、頷いた。
「わかりました。とにかく、彼に会ってみ
ます」
そう口にした瞬間、ほっとしたように顔を
見合わせた両親に、紫月は少しだけ苦笑いした
のだった。



