恋の終わりは 【恋に焦がれて鳴く蝉よりも・番外編】

 紫月は紙に綴られた英文を指でなぞり、
目を細めた。

 「The end of love, that it leave from his.
あの選択は、間違ってなかったのよね」

 誇らしげに、小さな声でそう言って紫月
は頬を緩める。まだ、一久に対する想いが
完全に消えたわけではなかったが、
 
 自分が何を望んでいるのか?
 誰と生きていきたいのか?
 その答えはちゃんと見つかっている。

 紫月はメモをたたみ、手帳に挟んだ。

 そうして、腕時計を見る。時刻はいつの
間にか、9時30分を過ぎようとしている。



-----どうしたのだろう?



 紫月は不安になって立ち上がると、辺り
を見回した。けれど、周囲に彼らしき人物
は見当たらず、代わりに、およそ国際空港
には相応しくない、黒のモーニングコート
に身を包んだ男性がこちらに近づいてくる。

 紫月はその姿に不穏な空気を感じながら、
初老の男性が自分の元に来るのを待った。

 「失礼ですが、秋元紫月様でお間違えない
でしょうか?」

 ぴたりと自分の前に立った男性が、紫月
の顔を覗く。紫月はごくりと喉を鳴らし、
頷いた。

 「はい、そうですけど。あなたは?」

 返ってくる答えを頭の片隅で予測しながら
も、紫月は訊ねた。

 「私、月城家の執事をしております、藤堂
と申します。旦那様からの言付けをお伝え
したく、こうして秋元様にお目通りさせて
いただきました」

 そう言って、(うやうや)しく頭を下げた執事に
周囲を歩く人々の視線が集まる。けれど、
紫月にはそんなことを気にする余裕など
ない。紫月は頭を上げた執事に一歩詰め
寄ると、縋るような目をして訊いた。

 「伝言って、何ですか?どうして、あの人
はここに来ないの?」

 心臓はバクバクと大きく鳴っている。

 返ってくる答えを予測すれば、握りしめ
た指先は瞬く間に温度を失ってゆく。

 藤堂と名乗った執事は躊躇うように一度
目を伏せると、小さく息を吐いて言った。

 「旦那様は一つ前の便でイギリスに向か
われました。秋元様には、『このお話はなか
ったことにして欲しい』と、そのような言付
けを預かっております」

 どうしてか、吐き出す息と共に笑みが
零れた。今、彼が言ったことはちゃんと
聞こえたのに、頭がその言葉を理解する
ことができない。

 確かに、自分たちは仮初めの婚約で、
紫月がレイを好きになれなければ、それで
おしまい、という約束だった。

 けれど、彼を好きだと思えたから……
 屈託のない笑顔で、自分を新しい世界
へ連れて行ってくれる彼が好きだったから、
自分はチケットを手にここに来たのだ。

 レイだって別れ際に言ったはずだ。
 「明日、空港で待ってる」と。
 あの言葉は、嘘だったのだろうか?