“明日は仕事が終わるころ迎えに行く。
とっておきのディナーをご馳走するから、
楽しみにしていて“
というメールがレイから届いたのは、
あの夜から二日を過ぎた日の夕方のことで。
紫月は景山が運転する車の後部座席で、
小さなため息をついていた。
今日は一度目のデートの日だ。
そして自分はいま、通勤途中の車内にいる。
のだが……今日の紫月の服装はいつもより
明らかに華やかだった。
というのも、レイから届いたメールの文章は
たった3行で、紫月はどこへ連れていかれる
のかもわからない。となると、行き先が高級
レストランだった場合、ドレスコードを損なう
ような服装では困るのだ。だから仕方なく、
紫月はいつものパンツスーツではなく、淡い
ピンクのロングスカートを身に付けていた。
いつもは安全上の理由から上下揃いの作業服
に着替えてしまうので、動き易さを優先した
シンプルなパンツスタイルで出勤している。
だから、こんな華やかな服装で出勤すれば、
周囲の女子はすぐに“何かある”と気付くだろう。
社内には何人か、一久との婚約が解消となっ
たことを知る者がいる。もし、自分にデートを
する相手がいるのだとわかれば、その者たち
の間で、自分は話題の的になるに違いない。
「詮索されると、面倒ね……」
紫月はひとりそう呟いて、窓の外を見やった。
いまはまだ、自分は仮初めの婚約者だ。
そして、その関係すら二週間後には解消する
ことになるかも知れない。だから、今は誰にも
知られたくない。彼が迎えに来たら、すぐに
会社を離れよう。誰にも見られないうちに。
紫月は、彼と秘密を共有しているような、
妙な感覚に鼓動を早くしながら、業務に就いた
のだった。
「今日はお出掛けですか?」
仕事を終え、更衣室で髪を解いていた紫月に
そう尋ねてきたのは、同じ研究室で働く牧野
だった。朝は誰にも見られないよう早めに
出勤したため、人目を避けられたが、帰りと
なるとそうもいかない。こうして更衣室で顔を
合わせれば、紫月の服装がいつもと違うこと
はすぐにバレてしまう。そうして、些細な変化
を感じ取った女性というのは、遠慮なく詮索
してくるものなのだ。案の定、好奇心の強い
牧野は、窺うような、見透かすような眼差しを
自分に向けている。紫月は、そんな彼女を視界
の隅で捉えながら、ええ、とそれとなく答えた。
「大学時代の友人が日本に来ていてね。ちょ
っと会う約束をしているんです」
「へぇ。大学時代って、ロンドンにいた頃の
お友達ですか?男の人?」
尚も、興味津々といった様子で聞いてきた牧野
に、紫月は振り返ってやんわりと笑みを見せた。



