「からかってたって、ことだよね」
「それは違う」
「違くないじゃん!不良の犀川くんなんて好きじゃない……!」
掴まれた手首を振り払って、頼まれていたパンを買うのも忘れてコンビニに背を向ける。
「待って、送ってくから」
「いらないよ!」
なんでこんな時に、送ってくれようとするの。意味わからないよ。
振り切って走り出すと、「萌乃!」と私を呼ぶ別の声。
驚いて立ち止まると、黒髪の、見上げるほど背の高い妹尾尋が私の手首を掴んでいた。
犀川くんは少し驚いた顔をして、それから、妹尾尋と目が合った瞬間、少し俯いて後ろに下がった。
「送っていくから、帰ろう」
「っ……」
有無を言わせない声に、当たり前のように私の家に向かう妹尾尋に、黙ってついていくしかなかった。
少し距離を空けて、彼の後ろを歩く。男性にしては少し長い黒髪が、風に揺れた。
その風に乗って、バニラの香水の匂いがした。
私の知らない、尋くん。



