「どうした?」
隣を歩いていた犀川くんが、不思議そうに私を見る。
「いや、何でもない」
気のせいだったのかなと思い、また歩き始める。
私の家に着いて、犀川くんは「じゃあまた明日」と手を振る。
「待って、」
今日はなぜだかそれが寂しくて、犀川くんのブレザーの裾を掴んだ。犀川くんは、少し驚いたように足を止める。
「……あ、いや、何でもない。ごめん」
呼び止めたはいいものの、特に用があったわけではない。ただ急に、少しだけ寂しくなってしまった。
犀川くんはそんな私の気持ちを察したのか、ふっと笑って私の頬に触れる。
少し冷たい手が、私の頬を撫でる。
「おやすみ、萌乃」
そっと触れた、犀川くんの唇。
一瞬で離れたそれに、また少し寂しくなった。
暗い夜道を帰っていく犀川くんの背中を、見えなくなるまで見つめていた。
これえが最後のキスになるかもしれないなんて、少しも考えていなかった。



