「朝ご飯、食べる? トーストなら用意できるよ?」

「いや、俺もう行くわ。メンバーと約束あるし」


 ベッドのそばに脱いでいた自分の服を急いで身に着け、利樹は未だにベッドにいる私の額にキスを落とした。


「また連絡するから」

「うん」


 バタン、と玄関扉が閉まる音がした。恋人が帰っていったと知らされるこの音は、寂しいから嫌いだ。


 私は海老原 絢音(えびはら あやね)、二十三歳。昨年まで大学生だった。
 それなりに就職活動をしていたが、世知辛い世の中なので結局内定をもらえずじまいで、今現在はカフェでバイトをしている就職浪人だ。

 音楽が好きで、趣味でたまにギターを弾いたりもするので、この防音設備の整ったマンションに住んでいる。

 バンドマンの利樹とは半年前にライブで知り合ったのだけれど、私は一瞬で彼のビジュアルに惹かれてしまった。
 一目惚れだったから、私のほうからがんばってアプローチして、すぐに交際が始まった。


 今日は午後からバイトの予定があったので、シャワーを浴びて髪を乾かしていると、テーブルの上で着信しているスマホに気づいた。
 大学時代からの友人である円香(まどか)からの電話だ。