それでも。

彼の特別な存在は、わたしだけじゃないから。



「っ……ごめんなさい、」



涙越しに見る彼女が、弱々しく目尻を下げる。

そんな顔させたくないけど。彼女にも、笑っていて欲しいけど。みんな幸せに、なんてそんなの、この世に生まれた不平等がある限り、無理な話だった。



一緒に住もうって言ってくれたのは、ノアだけじゃない。

千秋さんも、もう何度も、言ってくれてる。



自分とノアの暮らす場所においで、と。

そう告げられるたびに脳裏で不鮮明な何かが明滅して、爆ぜて。ノアの前では、見せられない感情ばかりが、突き動かされる。



「……ごめんね、はなびちゃん」



また、だ。

何度も何度も、彼女はわたしにそうやって謝るから。




だからどうすることもできない。

嫌うことなどできるわけがないけれど、それでも八つ当たりする場所くらいは欲しかった。そんな自分勝手なこと、許されるはずがないのに。



「何か一個でも違ったら、

紛れもなくはなびちゃんが隣にいるのに……」



「っ、」



「ノアが想ってるのは……

ずっと、はなびちゃんだけなのに……」



聞いている方が、息苦しくなる彼女の声。

穏やかな会話をしているように見えて、わたしと千秋さんの間にある会話は、いつもお互いがやり切れないとでもいうように黒く濁っていた。



「傷つけて、ごめんなさい……」



きっと誰よりも傷ついているのは、

強く立っている、千秋さんの方だった。