ノア先輩が罪悪感を滲ませたような声で、そう言うから。行き場のない感情だけが、俺の中に残る。

ずっと知りたかった事実のはずなのに、いざ蓋を開けてみたら、怒りの矛先も何もなかった。



ノア先輩にとってはなびの答えは誤算だったんだろうけど、すべては、はなびが選んだことだ。

『花舞ゆ』を離れてでも、一緒にいたい、と。



俺が文句を言える立場じゃない。

まっすぐに好きだと言ったはなびが正しい。



俺はずっとこの人に嫉妬してたけど、敵うわけなんてなかった。

はなびが自力で手に入れたしあわせに、甘えきってるだけの俺が入り込む余地なんて、どこにもない。



「ノアさん」



染が、静かに彼を呼ぶ。

現実を受け入れるのがはやいのは、いつだって染の方。



「椿、一応病人なので」




いつもなら、「一応」ってなんだよとか。

そんなこと、思ったはずだけど。もう一度彼にお礼を言ってから、素直に車を降りた。



「おにーちゃんっ……? おかえりなさいっ」



駆け寄ってきた彼女の頭にぽんと手を置いて「ただいま」と軽く撫でるだけで、離す。

リビングに顔を出して「ごめん熱あるから寝るわ」と母さんに伝えると、さみしそうなすみれを置いて部屋に上がった。



部屋に入れば視界に入る、ブランドショップの紙袋。

……はなびに選んでもらった服は、何か特別な時にでも着ようと思って、まだ開けていなかった。



「……、ばかじゃねえの」



期待をどれだけ膨らませようが、現実は現実で。

スマホに入っているはなびの連絡先を、勢いのまま消したけど。



メモに書き写さないと、消せなかったのは。

結局、俺の弱さと、変わらない気持ちのせいだった。