聞き慣れた声だったわけじゃない。
でも、"万が一"の可能性に自然と頰が引きつる。先に振り返った椿も同じことを考えていたのか小さく息を吐いて、「なんだシイか」とつぶやいた。
"万が一"を考えて張り詰めていた堅苦しい空気が消えて、世界に色が戻る。
ほっとしてわたしも振り返れば、そこにいたのは髪が紫色の男の子。女の子の腰に腕を回して、抱いているけれど。
「……、」
類は友を呼ぶってこういうことなんだろうか。
髪色が派手なところも同じだし、初対面なのに悪いけど女の子に軽そうなところも似てるし、なんというか雰囲気がもう既に甘ったるい。
あれ?でも、この雰囲気、って。
「やっぱ椿だった。お前彼女いたの?」
「違ぇよ、こう見えてこの子彼氏持ちなんだわ〜。
……ああ、シイ知ってんじゃねえ?」
あ、まただ。
椿の、わたしの慣れない話し方。とっさに変えるその切り替えの早さには驚くけど、さっきまで普通に話してくれてたから、すごく嫌だ。
「お前働いてんの、『Bell』だろ〜?」
嫌悪感を逃がそうとしているうちに知っている店の名前が出てきて、ぱちぱちと目をまたたかせる。
わたしたちの地元からそう遠くないネオン街。そこにはキャバクラ、ホストクラブ、風俗……と大人の世界が広がっているけれど。
「ああ、もしかして。
きみが"噂の"、ノアさんのカノジョ?」
ネオン街で一番大きなホストクラブは『Bell』。一番大きなキャバクラは、『Tiara』。
両方のオーナーが同じ人で、その人が凄いんだって、ノアが言ってた。
「うわさ……?」
「うん、噂。『Bell』の中で、だけど。
ノアさんには、溺愛してる彼女がいるって」



