ふっと。
どこか自信ありげに口角を上げる彼。ブラウンの瞳を見つめること、数秒。──どうにも、わたしの思考回路はどこかで不具合が生じたらしい。
「っ、」
言葉に詰まって不意打ちに顔を赤くしたわたしを見て、彼は「仕返し」って笑うけど。
それがさっきの電車内のやりとりだと気づくまで、少々時間がかかった。
というか、「仕返し」と4文字を口にするだけなのに、そんな甘ったるい声出してくる必要ないでしょ……!?
その駄々漏れてるフェロモンを、本当にどうにかしてほしい。
わたしと反対側の椿の隣に座る女の子が、チラチラ椿を見て赤くなっちゃってるし。
何が可哀想かって、その隣の彼氏さんが可哀想だ。
「でも赤くなるってことは……
俺に特別扱いされて、嬉しいんだな~」
「違っ、そういうことじゃなくて、」
だめだ、完全に乗せられてる。
椿のペースにもっていかれたら、反論の声も焦って出てこない。口を突くのはぼろぼろの言葉ばかりで、彼はその様子にすら満足げな顔をするだけ。
「顔真っ赤にして、かーわい」
「っ、いい加減にしてってば……っ」
映画館の中だから、大きな声で露骨に止められないのが悔しい。
伸びてきた指に赤くなった頰をつっとなで上げられて、余計に羞恥心が増す。
「……本気で嫌がられたら困るから、
今回はこのあたりでやめといてやるよ」
そう言って解放されてもまだ、顔が赤いままで。
映画の上映時刻にあわせて照明が暗くなったから、すごくほっとした。
普段なら躱せるけど、不意をつかれたところを何度も迫られたら、さすがにわたしも焦る。
最後のちょっとだけ強引なセリフにも心臓が変に動くんだから、困ったものだ。



