こいつに遠慮しなかったら、はなびが付き合っていたのは染かもしれない。

初恋の時のそれを引きずっていたなら、染ははなびがノア先輩を好きになる前に、そばにいることを決めていたかもしれない。



「でもさ、染の気持ち知ってたんでしょ?

それなら、その優しさに甘えてはなびと付き合ってる君の方が、俺よりもひどくない?」



「、」



「ほら、ね。自分が正義だと思い込みすぎじゃない?

はなび、こっちおいでよ。再会した時は喜んで抱きついてきてくれたじゃん」



「それとこれとは話が別よ」



「ふうん? ……まあいいけど。

何がともあれ、俺が許嫁であることも、両親が随分とお怒りだってことも変わらないからね」



のんびり俺のものにするよ、と。

嫌味ったらしく口にした八王子は、「じゃあね」とひらひら手を振って1階へと降りて行った。




「………」



「………」



取り残されたのは、俺とはなびだけ。

俺の腕の中から身を捩って脱したはなびは、「気にしないで」と笑ってみせるけど。それがあまりにも痛々しくて、気にせずにいられるはずがない。



「……はなび、」



「わかってる。……ごめんなさい。

確かに親のこともマヤのことも色々あるし、話せてなくてごめんなさい。だけど大丈夫だから」



はなびが俺を見上げる。

その瞳に迷いがないから。だから俺は結局頷いてやることしか、できない。



「椿が、わたしのために頑張ってくれたでしょう?

だから今度は、わたしに頑張らせて」