自惚れるわけにはいかない。
はなびは俺と付き合ってくれてる。だけど俺のことを好きってわけじゃない。それでも向き合おうとしてくれているその努力には、気づいていた。
だから。
「っ、椿……!」
「、」
いくら夢物語だとしても、よかったんだと。
そんな風に自虐的に納得しようとしたところで耳に届いたのは、聞き間違えることのないはなびの声。慌てて俺を追ってきたらしい彼女は、ホッとしたように俺の前で足を止めた。
「……なんで来たわけ?」
穏やかじゃないせいで、声が鋭くなる。
そのせいではなびが肩を震わせたのを見て、俺のせいではなびが『花舞ゆ』を去ろうとした日のことが、咄嗟にフラッシュバックする。
また傷つけるのかと。
そう思うだけでひどく息苦しい。できる限り声をやわらかくして「はなび」と名前を呼んだら、今度こそはなびは口を開いてくれた。
「今日は……椿と、帰る」
「……いいよ、気遣わなくて。
染から聞いた。初恋の相手だったって」
「染ってば勝手に……、うん、でももう違う。
本当にもうマヤのことはなんとも思ってな、」
止められないし、止めたくもない。
はなびを強く抱きしめてその肩に顔をうずめる。驚いたように息を呑んだはなびの瞳に映るのが、ずっと、俺だけであればいいのにって。
「……椿」
はなびの腕が、背中に回る。
ほかの男のことも過去の話も知りたくないって思った俺に気付いたみたいに。何も言わずにただ抱きしめ返してくれるから、ひどく優しくて哀しい。



