「あら、椿、すみれも。おはよう。

そろそろ起こしに行こうと思ってたところだったのよ」



「……母さん、俺もう高校生なんだけど?」



「でも毎朝すみれに起こされてるじゃない?」



「あれは俺がすみれに起こされたいだけですー」



将来すみれが彼氏だか旦那だかを起こしに行くのを考えたら、それだけで不機嫌になるぐらいには溺愛しているわけで。

ぎゅー、なんて言って抱きつく腕に力を込めてくるすみれをぎゅっと抱きしめていたら、パソコンとにらめっこしていた父さんは「仲良しだね」とくすくす笑う。



ああでも、はなびとなら……

先に起きて寝顔を見てるのも、悪くないかもしれない。



っていうか、はなびの寝顔を見るのも、はなびに起こされんのも、彼氏の特権か。

……そんな風に過ごしてんのかって思うだけで、あの人に対して腹立つな。




「ほら、顔洗ってらっしゃい。

もうすぐ朝ごはんもできるから」



……だめだ、ぼーっとするとすぐはなびのこと考えてる。

ほんとうに盲目過ぎるなと自分に苦笑して、すみれとふたり、「はーい」と洗面所に向かった。



「……すみれ。

お兄ちゃんに、すみれより好きな人ができたらどうする?」



鏡に、きょとんとするすみれが映る。

洗面所には、すみれが使っている子ども用の歯磨き粉の、なんとも言えない甘い匂いが立ち込めていて。



「……やだ」



行かないでとでも言うように、俺の服をぎゅっと握るすみれ。

制服だからシワになってしまわないうちにそれを解いて小さな手を握り、「やだ?」と尋ねたら、彼女はこくこくうなずいた。



……やだ、か。

残念ながら、俺には"すでに嫁に出したくないほどかわいい妹"と、"ずっと好きな人"を比べる術はないんだけど。