それなのに…

「緋奈星さま」

「え…」

「お気をつけて」

離れなきゃってわかっていても
それでも、呼ばれる声に気持ちが反応してしまう。
彼の声はいつだって癒しみたいだからかな。


元宮さんとは、わたしはあれから1度も顔を合わせていない。
結局、連絡先も交換しなかったから
”約束”をすることがなければ
”偶然”も”必然”もない。
それに…
会いたくないっていうのが本音なところ。


わたしは会わずに済んだ。
だけど…燈冴とは違った。

彼に会いに元宮さんが会社に訪れているところと
そして…
待ち合わせしていたように
エントランスで2人が話をしていた姿を
見てしまったんだ――――



「どうして2人が…」

見つからないようにと
わたしは思わず壁で死角になった隅に隠れてしまった。

2人との距離があるのと
その間を何人もの人が行き交うせいで
表情まで確認が出来ない。

会話の内容も気になるのに
だからって『もし聴いてもショックを受ける内容だったら…』なんて考えてしまうとそれ以上は見ていられず、目を伏せこの場から背を向けてしまう。

燈冴くん…
元宮さんとは”会わない”って言っていたはずなのに
気が変わったのかな。
会いたくなったとか、かな。

そんな事を考えながら
仕事を終えたわたしは
タクシーではなく徒歩で帰宅。