ひさしぶりに訪れたその場所は、やっぱり何も変わらなくて。
深呼吸をするわたしに、彼は「大丈夫か?」と尋ねてくる。それにこくりと頷くと、優しく頭を撫でてくれた。
「もう来る予定は無かったんだけど、」
蒔とふたりで、生活していたマンション。
例の件の後、お父さんの手配ですぐさま引っ越したから、来ることはもう二度とないと思っていた。
「あの日のこと、覚えてる?」
「あの日?」
「恭と再会した日。……家まで送ってくれた時」
忘れるはずがない、大事な日。
それはどうやら恭も同じなようで。ふたりで聳え立つマンションを見上げながら、ぽつぽつと会話を続ける。
「恭の"……俺んとこ、もどってこいよ"って言葉に、わたしがどれだけ揺らされたと思う?
どれだけ、一緒にいたいって思ったか知らないでしょ?」
「……俺は会えなくてもずっと思ってたけどな」
「お互い、もっと素直ならよかったんだけど」
わたしも恭も、変なところで意地っ張りだから。
余計に関係を拗らせてしまった。そしてもし、あのまま紘夢と何も知らずに婚約を成立させてしまっていたら、その後"あの件"よりひどい何かがあったかもしれない。
「だいすき、恭」
「ん。俺も」
いま隣にいてくれるこの幸せを、じんわりと噛み締めながら。
彼と視線を合わせると、どうやら同じことを考えているようで。彼のバイクの後ろに乗せてもらうと、それはあっという間に恭の自宅へと到着した。



