「だーめ。
追うよりも、追われる女の方がいいでしょうに」
こつんと、暖くんの額がわたしの額に触れる。
何をされているわけでもないけどその至近距離にすこし戸惑っていたら、真横の扉が開いた。
「どういうつもりだよ、暖」
「それはこっちのセリフじゃねえの」
パッと、暖くんが簡単にわたしから離れる。
そこでようやく恭の姿を目視できた。ホッとして、思わずまた泣きそうになる。……やっと、帰ってきてくれた。
「鞠、」
わたしの目の前ですこし屈んだ恭が、顔を覗き込んでくる。
目が合うと抱き締められて、やっぱり恭らしい力に安心した。いつもの、ダークフローラルの香り。ごめん、と耳元で囁かれて、首を横に振る。帰ってきてくれたなら、それでいいの。
「不安にさせて悪かった。ごめん。
言い訳もしねーし、順番に話すから聞いてくれるか?」
「……うん」
「ん。……その前に、」
抱きしめられたまま、恭がダウンジャケットを探っているのがわかる。
思わずすこし身体を離そうとしたら、離れるなとでも言うように左腕で抱き寄せられた。
「遅くなってごめん。クリスマスプレゼント」
「……え」
掬われた左手。きっと帰ってきてくれると信じて嵌めてあった、彼との今後を約束された婚約指輪。
それにぴたりと重なるように嵌められた指輪が、真新しい輝きを放っていた。