疲れきってるし腹も減ってるのに、それさえ気にならないぐらい鞠だけで思考が埋まる。
声を隠し切れない鞠が可愛くて、強引にくちびるを重ねることで塞げば、生理的に涙をうかべる彼女。
「……かわい、」
声も表情も、応えてくれるその姿も何もかも。
俺だけのものだと思えば愛おしくなるし、俺以外にも一度は見せたのだと思うと、ちょっとイライラする。
「そういや、職場で男が寄ってきてるって聞いたけど」
「っ、そんなのしらな、」
「ほんとに気づいてねーの?
……まあお前可愛いから、見たい気持ちはわかる」
それはわかるけど、でも、俺の。
そんな独占欲に気持ちがまみれてることに、鞠は気づいてない。できれば気づいて欲しくねーけど、俺がどれだけ鞠のことを好きなのかは知っておいてほしい。
「……怖くねーか?」
「うん、大丈夫……」
"あの日"からそこそこ経って、鞠が暗いところを異常に怖がったり、触れられるのを嫌がることは特にない。
でも大きな音にびっくりしてたり、チカに急に後ろから肩を叩かれた時なんかにビクッとなったり。……気にしないようにしてるだろうけど、よく見てれば時々過剰反応はしてる。
怖がらせないように傷つけないように、優しく触れながら、耳元ではほかの誰にも聞かせられない歯の浮くような甘い囁きの数々。
普段からかわいいだの好きだの言ってるけど、こんな時でもなければ言えないようなこともある。
「顔隠さずにもっと見せろよ。
……すげーかわいい。お前のことだけ好きだよ」
「っん、わたしも、すき……」
ベッドの上で、ひそやかに時間が過ぎていく。
あまりにもかわいい婚約者に夢中で、ほかには何もいらなくて。脱ぎ捨てた制服の中でスマホのバイブレーションが鳴っていたことには、微塵も気が付かなかった。