わざとやってるとは、思ってない。

でも鞠が男とその距離で話してたら俺は機嫌悪くなるだろうし、たぶん鞠もそうだと思う。そこに他意があろうと無かろうと、鞠に嫌な思いはさせたくない。



「今言った通り、そこは販売価格の入力をお願い。

それ終わったら19時になりそうだから」



「やっとか……」



「あともう少しよ。頑張って」



ラストスパートで、3ページ分の数字の入力を終わらせる。

やり切ってテキストを保存してから、時間を確認してパソコンの電源を落とした。



3日間で詰め込まれた内容で頭がパンク寸前だが、紗七も紗七で付きっきりなのは大変だったと思う。

鞠は要領が良いのか、人柄なのか、どうやら楽しんでやってるっぽい。しかも教育係や周りの人間とも仲良くやってるようで、馴染む早さはマジで尊敬する。



7階で庶務作業をしている鞠。

いろんな部署の人間と関わっているようで、人の顔と名前を覚えるのが大変だと言っていた。




紗七からは、"庶務一課で働いてる新人が可愛すぎる"と噂になってると聞いたし。

花蔵後継者の婚約者、という名目を知っているにも関わらず、男共が何かと仕事を言い訳に鞠を見に来ているらしい。



「おつかれさま。

恭、金曜だしご飯でも食べに行かない?」



「悪い。家で彼女待ってる」



鞠は月火木、と花蔵のビルに来ていて。

今日は仕事がないから、と、ウチで待ってくれているらしい。しかも俺がこの間、鞠の作った飯を食べたいって言ったから、夕飯も先に作ってくれてる。



「仲良しね。

いつも一緒に帰ってるの知ってるし、今日は彼女休みだって聞いたから別々だと思って誘ってみたんだけど」



「金曜の夜からは大体泊まりに来てんだよ」



部屋を出て、エレベーターで下へと降りる。

ゲートを出て正面入口で別れると、相変わらず横付けされているのは、本来送迎する鞠がいないにも関わらず、俺の事を迎えに来てくれている橘花の送迎車。