退勤時刻より少し前なせいで、オフィスにはまだ社員がぎっしり。
エレベーターに向かった時と同じように視線を受けながらかなり奥まで進み、「ここ使って」と言われたのは一角の机。
パソコンやらコピー機やらエアコンやら。
多量の電子機器に加えて、そこそこの数の人間が動くというのは、結構な物音になるらしい。思っていたよりかは、かなり騒々しかった。
「……色々事情があんだよ」
「そう?
おばさんからは、恭にびっちり仕事を教え込んでって言われただけだから、わたしも深く知らないけど」
「………」
紗七は、俺の父親の姉の娘。
つまり俺のいとこに当たる。言い方も昔からの風習もあまり良くはないと思うが、花蔵は男が継ぐと決まっているせいで、紗七の母親にも紗七自身にも後継者の権利はない。
うちの父親がそこそこ若いせいでややこしい話になるが、紗七の母親はうちの父親の10個上。
紗七も俺より7つ年上で、大学卒業後に花蔵で働いていることは俺も知っていたけど、顔を合わせるのはひさしぶりだ。
「みんな、この時間になって疲れてるのはわかってるんだけど、ちょっと話聞いてもらっていい?
紹介したいから、恭、こっち」
澄んだ紗七の声はフロアによく通る。
年齢で言えばまだ若いのにこのフロアで主任を務めているらしい紗七は、全員の注目を集めて俺を呼んだ。
「今日からうちのフロアで一緒に働いてくれる、花蔵くんです。
事前に知らせてあった通り社長の息子だけど、かといって遠慮せずに接してあげてください。でも、彼がわからないところはちゃんと教えてあげてね」
じゃあ軽く自己紹介して、と。
紗七に促されて、名前と一言告げるだけのよくあるシンプルな自己紹介を済ませる。
こういうとこであまり物怖じしないのは、藍華で過ごしてきたことが活きてると言っても過言じゃない。
特に幹部は下っ端の指示権限を持つし、大勢の前で発言することにも慣れてる。
「ごめんね、仕事の最中に」
全員に解散を告げて、再度席に俺を促した紗七は、その目の前に遠慮なく書類をつむ。
それを見て、気力がいるなとため息をついた。



