もう、諦めた方が良いって解っている。
それなのに諦められなくて翌朝、佐倉家の朝食に乱入した。
百合ママとオジサン、香菜が食卓に着いていたけれど柚菜は
出て来なかった。
休日だからか?そう思ったが香菜が
「柚菜、食事を摂らないって珍しくない?」
「香菜も柚菜も普段から忙しくしていて一緒の朝食をとらなくなって久しいから
知らないかもしれないけれど柚菜は思い悩むと食事を忘れてしまうのよ。」
「・・・そうなんだ・・・良くあるの?」
「あるわよ。中学2年生の頃からね・・・」
その言葉に香菜の身体がピクリと反応したのは気のせいか?
「確かに思春期に突入したころから、気難しくなったな~
前はお父さん、お父さん、大好きと言ってくれていたのに
何時の間にか言ってくれなくなった・・」
と、オジサンの寂しい思いが込められた言葉に

あ、俺もだ・・・

「当たり前じゃないですか、恋を知ったら情愛なんて恋に叶う
訳ないですよ!」
「百合さん、そんなにハッキリと口にされると傷つくのですが・・・」

”恋を知ったら”百合ママのその言葉に心臓がトクンと跳ね、昨日の
情景が脳裏に浮かんだ。

「おはよう・・・朝から賑やかだね・・・」

少し気怠そうに青いシフォンのワンピースを着た柚菜がダイニングに
現れた。
その何とも言えない雰囲気が18歳よりも年上に見えるのは久々に
直視ししたからなんだろうか?
百合ママが柚菜の目を見て切なそうに顔を歪めた一瞬に気がついてしまったのは
柚菜の姿を追ってしまったからだろう。

「なにか食べる?」
その問いの答えを百合ママはきっと知っている・・・
「うぅん 今朝はコーヒーだけで良いや・・・」
「そう、あまり 根詰めて勉強しないのよ・・・昨夜も寝たの遅かったでしょ?」
「そうだね・・・気を付ける」

「カズ兄、来てたんだね。 おはよう」
まるでその話題から逸らす様に俺を見る柚菜・・・
その時に、気がついた・・柚菜の目が腫れてる・・
「柚菜、目が腫れてる・・・」
「あ、日焼けと寝過ぎかも・・・・」
さっき、百合ママが遅くまで起きてたって言ってたよな・・・
その矛盾に気がついてるか?
こんな遣り取り以前にも・・・したような・・・何時だった?
トクン、トクン・・・さっきの香菜との会話・・百合ママと柚菜の言葉、
『中学2年から・・』『寝たの遅かった』『日焼けと寝すぎ』

高校3年の夏 那須の別荘で同じ言葉を聞いた・・・

あの日を境に柚菜は俺達と一緒に居なくなった。

あの日・・・俺は香菜とキスをした・・・そしてあの約束をしたんだ。

T大に合格したと香菜に連絡を貰って慌てて佐倉家に来て、柚菜の部屋を
ノックした・・・
部屋に入れてくれない柚菜に「なに、立ち話をさせるつもり?」って
軽く言ったのは本当にウッカリしているだけだと思っていたのに
「ダメだよ・・誤解されるような事はしては・・・好きな人に
疑われない様にしないと」って言っていたのは
アイツに義理立てしていると思ったのに、もしかしたら香菜に
対してだったのかも。
絶対にそうだ・・・アイツが居た訳じゃない・・柚菜と俺が一緒の部屋に
居てもアイツには解らなかった・・あの言葉は香菜に対してだったんだ。


そして、今 目の前にいる柚菜はあの日、何時まで経っても部屋から
出て来ない柚菜を迎えに行った 香菜と2人で・・・
あの時もこんな目をしていた・・・

まさか・・・・もしかして・・・嫌な汗が背中から流れる・・・

記憶力は悪くない・・・本当は今すぐにでもこの場所から逃げ出したい・・
だけどそれをしたら二度と柚菜と顔を合わせられないような気がした。
立って柚菜を見つめながら記憶の抽斗を探す。
暑かったあの日・・・プールで遊び疲れた柚菜は昼寝に行った。
あの時、柚菜は庭に来た?イヤ、来てなくても柚菜の部屋から
庭は丸見えだった。
柚菜は俺と香菜がキスをしたのを見たんだ!
あの時、柚菜を迎えに行った時”もしかしたら”って少し脳裏をよぎった。
だけど、柚菜は中学2年だったから・・・大丈夫だと思った。思いたかった。
でも、あの時の俺達を見た目と今の目は同じ目だ・・・
柚菜はもうあの時は女だったなんて・・・

俺はあの時に失敗したんだ。
ちゃんと話すべきだったのに。
あの時は俺が柚菜を傷つけた。じゃあ、今は誰が柚菜を傷つけたんだ?
アイツか?違う・・
アイツは柚菜を想っている。柚菜の後姿を、部屋を切なげに見つめていた。
それは同じ(ゆな)を想っているからこそ解る。

「柚菜、今日は大学か?」
どうしてだか言葉が先に出ていた。
「違うよ・・」
「じゃあ、一寸 付き合え!」
「え・・良いよ・・お姉ちゃんと行ったら?」
「香菜と休日まで一緒に出掛ける理由は無い」
そう言った時に柚菜は目を見開き、香菜の方を凝視していたが
香菜はスマホを弄っていた。
「でも・・・」
「良いから 早く! バックを取ってこい!」
「行ってらっしゃいよ」
援護射撃をしてくれたのは意外にも百合ママだった。
「じゃあ、行くぞ!」
「バック・・」
「買ってやる・・」
「でも・・・」


「カズ兄  強引過ぎるよ・・・私 スマホすら持ってきてない・・」
「柚菜がモタモタしているからだろう。」
「だからって・・・」
少し不貞腐れた様に頬を膨らませているがそこまで怒っていないのは
解る。
流れる景色を助手席で楽しんでいるのが伝わり少し安心して気付かれないよに
ふ~と息を吐く。
「何処に向かっているの?」
「内緒…着いてからのお楽しみ」


車を走らせる事1時間30分。
土曜日の割には順調に渋滞にも引っ掛からずに目的地に。

「カズ兄・・ここって・・・」
「そう!遊園地!絶叫マシンで有名なんだよ・・」
「知っている・・ここに来たって事は乗るの??」
「乗るよ~ なになに もしかして怖いの柚菜ちゃん?」
「カズ兄・・・フフフ  後悔しても知らないよ・・・」

あの時、後悔したのは紛れもなく俺だった。

最初に乗ったフライトシュミレーションライドは未だ余裕だった

次に乗った地上76mの最高地点から、真っ逆さまにダイブし、
前後にグルグルと14回も回転するそれに乗った後から
後悔した・・・のに、隣に乗る柚菜はケラケラ笑っていた。

「柚菜、もしかして絶叫マシン平気なの?」
「うん! 大好き!」

俺の知らない柚菜がそこに居た。
柚菜はよどみなく、アトラクションを目指していたのを
気がつかないフリをしていたが、その姿に初めてじゃないと悟り
胸の奥がチリっとしていたのも無視した。
ここは公共交通機関で来れなくは無いが、敢えて来ないだろう
誰と来たんだ?
そう聞きたかったのに聞けないでいた。
結婚した後も柚菜が自分のモノになっても
あの日見た アイツとのキスもアイツの事も・・・・
怖くて未だに聞けない。

そして今、赤い月を見、何を考えているのか確認するのが怖くて
その横顔に
記憶を失くしたままでも構わない、俺を好きになって欲しいと
毎夜、寝顔に祈っている自分に気がついて欲しかった。


ー 一那side 了 ー