「大丈夫?」


白先輩に出会ったのは、高校に入学してすぐのことだった。

人気のない放課後の廊下でうずくまる女子生徒は、恐らく体調が悪かったのだろう。白先輩は酷く心配そうにその背中をさすりながら、懸命に声をかけ続けていた。

僕がそこに通りかかったのは、本当に偶然だ。
どこか痛いの? 気分が悪い? と、あたふた質問する彼女の姿を数秒黙って見つめていたところで、白先輩の視線がふとこちらを捉える。


「あっ……ごめん、そこの君!」


はっきりとした口調だったけれど、少し弱気な声だなと思った。真っ直ぐで人の良さそうな雰囲気が滲み出ている。

彼女はそのまま切羽詰まった様子で、僕に向かって告げた。


「お願い! 今すぐ保健の先生呼んできてもらえないかな……?」


瞬間、心臓をぐっと圧迫されたかのような感覚に襲われて、息が詰まる。

お願い――彼女は今、確かにそう言った。僕に乞うた。自分のためではなく他人のために、こうも躊躇なく主導権をこちらに渡すのか。

計算尽くで無感動に、媚びて這って掌握してきた人間関係。僕のそれは、彼女の綺麗さの前では実に滑稽で陳腐な代物だった。


「はい。分かりました」


頷いて踵を返す。

綺麗なものは無条件に好きだった。信じきるに相応しいから。嫌いなあいつから、最も遠いところにあるから。絶対に僕を裏切らない、揺るぎないものが欲しかったから。