綺麗なものは無条件に好きだった。それは宝石のように有形のものに対しても、感情のように無形のものに対しても言えることだ。

僕にとって綺麗なものは昔から「母」そのものだったし、汚いものは「父」と相場が決まっていて、今でも覆っていない。


「父さんは?」


小学生の頃は、まだ希望を持てていたと思う。
夕飯時を過ぎ、布団に潜る時間。帰ってこない父親の行方を、僕は毎日懲りずに問いかけていた。

そして母もまた、毎日懲りずに同じ返事を寄越す。


「航、もう遅いから早く寝なさい」


振り返った母の、目の下の隈。気丈に見せかけ苦々しく上がった口元。
それを見てしまうといつも何も言えなくなって、ただ頷くしかなかった。

どうして帰ってこないのか。そんなの、本当はずっと前から知っている。
父はもう母に興味はないし、もちろん僕のことなんて見向きもしない。その理由が他所に女をつくっているから――というのは、さすがに十歳になるまではいまいち理解できなかったけれど。


「どうして父さんと一緒にいるの?」


そう問いかけたのは、なんてことない、いつも通りの日のことだった。いや、その日は授業参観があって、少なからず羨ましかったのだ。友達の両親が。