虹色のキャンバスに白い虹を描こう



みなみ、の方が覚える形は二つで済むのに、後半三つを選んだのは、彼女を表す音として「(さやか)」が何よりも相応しいと認めざるを得なかったせいだ。
躊躇なく口に出して呼ぶ勇気は、まだなかった。

何度か彼女の手の動きを観察していると、背後から「おい」と声が掛かる。


「いつまでじゃれてんだ。もう開場してんだからな」

「ちょっと話してただけじゃん、お兄ちゃんのケチ~」


言い合う兄妹を漠然と眺め、小さく息を吐く。
そんな僕に、美波さんはあっさりと告げた。


「じゃあ、私はちょっと離脱するので! お兄ちゃん、航先輩、よろしくお願いします」


は、と気の抜けた音が自分の口から漏れる。
そんなことは今の今まで一ミリも聞いていない。僕を誘っておいて、一体どこへ行こうというのか。

引き留めようにも、彼女は最初から予定していたかのようなスムーズさで踵を返した。
彼女の兄も別段咎めるわけでもなく、その背中を見送っている。妹の後ろ姿から僕へと視線を移した彼と、目が合った。

先に逸らすのも負けな気がするし、かといってこのままでいるのも気まずい。大体、彼と二人きりにされて何を話せばいいのかも皆目見当がつかないのだ。


「……悪いな」