愛しい響きなのだと、彼女は言う。抱き締めていくべき痛みなのだと、受け入れている。


「でも、その言葉でいい思いをしない人もいる。それは分かってます。人それぞれですから……本当に、ごめんなさい」


改めて僕の方に体を向け、美波さんが頭を下げた。
それに頷いても、頷かなくても、不正解であるような気がしてならない。この謝罪を認めるということは、彼女が今まで築いてきた考えを否定することと等しいと思った。

常識とは十八歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう――アインシュタインだって、そう遺しているのだ。
彼女の常識、僕の当たり前。きっとどちらだって正しくないし、一つの偏見にすぎない。

だけれど、たとえそうであっても、僕は彼女の偏見をもう少しだけ眺めていたいと思った。


「……もういいよ。そこまで引き摺るほど、僕も性格悪くないから」


平然と淀みなく伝えられれば良かったのに、頬が引き攣る。それとなく和解を申し出たつもりだった。
美波さんは苦笑しながらも、「そうでしたね」と正面を見つめ直す。


「兄から聞いたんですよね。私のこと」

「言っとくけど、僕が聞き出したわけじゃないから」

「分かってます。すみませんでした、兄が失礼なことを……」