美波さんが言葉を選ぶように話し出したと同時、僕は足を動かす。完全に余計なことをしている。
分かってる。メリットなんてない。彼女の面倒をみたところで僕に利はないし、そもそも引き受ける義理もない。

美波さんの手の中から、一本のクレヨンをさらった。
彼女が弾かれたように顔を上げる。航先輩、と唇が動く。


「これが、赤」


ユイ、と呼ばれていた子にクレヨンを差し出せば、その目が見開かれた。

普通の人に比べれば、僕の世界はくすんでいる。でも確かに赤は見えている。どんなにくすんでいても、見えている。


「お兄ちゃん、だれ?」

「……友達」

「だれの?」


そこの追及はあまりされたくないのだけれども。とはいえ、答えなければどうにもならなさそうだ。


「美波さんの」

「みなみさんって、だれ?」

「…………清ちゃんの、友達」


観念し、心を無にして平坦に伝える。
相手はようやく納得してくれたようで、クレヨンを受け取りながら「そうなんだあ」と頷いた。


「色が分からないなら、そのぶん人を見る目を養えばいい」


屈んでもなお、自分の方が十分に視線が高い。しゃがみ込んで幼い顔を覗き込むようにすると、小首を傾げた少女と目が合った。


「やしなう?」

「全員と仲良くしなくても、自分が仲良くなりたいと思う人のことだけ信じればいい」