どの錐体に異常があるかによって、見えない色は変わる。
僕の場合、緑の光を拾う錐体が十分に機能していないらしい。緑色弱だ。

そしていま彼が言った彼女の状態は、赤色盲――つまり、赤の光を拾う錐体が機能していないということになる。


『航先輩、すっごく美味しいですよ、これ!』


見えていなかった。彼女には、くすんでいるどころか、赤が見えていなかったのだ。

光を取り込んだ瞳は、どんな景色を眺めていたのだろう。僕よりずっと色の少ない世界で、彼女はどんな風に僕を映していたのだろう。


「航。お前に頼みがある」


彼の声に、ぐるぐると回っていた思考から目が覚めた。つと視線を移せば、随分と弱々しい表情の彼がいる。


「清の傍にいてやってくれないか。……俺も、もちろんあいつの力になりたいと思ってる。今までもそうしてきたつもりだ」


そこにはもう、僕を戒める空気は残っていなかった。代わりに漂うのは、兄の慈愛だ。
彼は拳をきつく握ると、腰から深く頭を下げた。


「頼む。俺には、清の見ている景色が分からない。絵も上手くない。俺がしてやれないこと、してやれなかったこと……お前ならできるはずなんだ」