いわゆる、色弱というものらしい。
生まれてからずっと、この世界にある色のうち、一部が自分には見ることができなかった。

自分が周りと違う世界を見ていると気が付いたのは、小学生の時だ。

図工の時間に、水彩絵の具で学校から見える景色を描くという授業内容だった。
郵便ポストとその後ろに立つ木。その二つを同じ色の絵の具で塗り潰した僕に、みんなが変な顔をしていた。

当時の担任が親に伝えたのだろう。その後すぐに病院へ行って検査を受けた。
色覚異常。それが、医者から告げられた単語だ。


「助かった、ありがとう」


ノートの背で前の背中を突けば、持ち主は「もう終わったん?」と目を丸くする。

四限目が終わった教室内は騒がしい。机や椅子を移動させる音が空間を占める。
朝に買ったペットボトルの蓋を開けて、水分補給をしていた時だった。


「――犬飼(いぬかい)航って人、いますか?」


澄んだ声が自分の名前を探していた。大してボリュームがあったわけでもなく、それでいて一音一音、はっきりと輪郭をなぞるような波長。

僕が思わず入口の方へ視線を投げたのと、声の主に話しかけられていたクラスメートが振り向いたのは同時だった。


「あ、犬飼くん。なんか呼ばれてるよ」