隣からそんな提案が飛んできた。
青のマーカーペンを片手に、僕は緩く首を振る。いかにも申し訳なさそうに、それでいて有無を言わせないように。


「大丈夫。田中(たなか)さんには迷惑かけられないから」

「おいおい、俺には迷惑かけてもいいのかよ」

「ショータだって古典の時間寝てるじゃん。その分の板書、誰のおかげだと思ってんの」

「わーかったよ。いいから早く写せって」


僕に抗議しても勝ち目はないと早々に悟ったらしい。ショータは諦めた口調で言い合いの土俵から降りた。

自分のノートには、とっくのとうに今日の板書がほとんど写されている。ショータのものと見比べて、所々にマーカーペンで印をつけていくだけだ。

字が丁寧だとか、書き方のバランスだとか、そんなものは僕にとってどうでもいい。重要なのは「色」だ。

ショータがいつも使っているペンは、とても見やすい。前に一度だけ他の人のノートを借りたことがあったけれど、その人のペンではどこが「赤色のチョーク」で書かれた部分なのか分からなかった。

世界史の授業が嫌いだ。世界史を担当している教師が嫌いだ。――否、正確に言えば、その教師の板書が苦手だ。